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2004年10月

2004.10.25

「国本武春ソロライブ」

10月24日(日) 17:00~ 於・スタジオアムリタ(吉祥寺)

前に予定として書いた通り、千駄ヶ谷で狂言を見た後は中央線で移動して吉祥寺へ。受付で落語仲間のPさんと出会って、お互いにビックリ。開演を待つ間、少しお喋りができてよかった。彼女は「横浜にぎわい座」や「木馬亭」にも行っているとのことで、さ~すが。

「待ってましたっ」の国本さん登場・・・休憩なしでほぼ2時間、達者な喋りや三味線も存分に披露されてあっという間に過ぎたのだった。
まずは、「解体新書」(世田谷パブリックシアター)でも経験済みの、「待ってました」「たっぷり」「日本一」の掛け声の練習から・・・。そして

♪落語を題材にした「松山鏡」
♪ふしぎなお経?「アジアの祈り」。これは客席の私たちも一緒に練習。“あんがらずうだら”あ、もう忘れちゃった。

津軽、琉球、中国、スペイン(フラメンコ)のメロディを三味線で。その後、アメリカ留学の話も交えて、
♪「しけこみブルース」と「敬老ロックンロール」

「忠臣蔵」はさわりだけだったが、松の廊下の部分の手つきを皆で練習。忘年会にいいんだとか!?
ラスト♪「巌流島」で、アンコール「ええじゃないか」。

それこそ地下の秘密倶楽部のような会場で、笑って歌って(!)あ~面白かった。やっぱりクセになりそうな国本ワールドなんである。

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2004.10.24

「万作を観る会」

10月24日(日) 13:30~ 於・国立能楽堂

♪舟ふな (野村遼太 野村万之介)
(語)奈須与市語 (竹山悠樹)
(素囃子)黄鐘早舞
♪金岡 (野村万作 石田幸雄)
♪小傘 (野村萬斎 高野和憲ほか)

「舞台生活七十周年記念」と銘打たれた、今年の「万作を観る会」。入り口で渡された公演パンフレットも記念になるような素敵なものである(万作師と小林責氏の対談つき)。このパンフの「御挨拶」には、「各々の演者は、修業年月にふさわしい舞台を皆さまにお目にかけてくれるものと期待」とあるが、まさにその言葉通りであった。
そして七十周年記念の演目に選ばれた「金岡」には、ほんとに美しい余韻が残っている。私は狂言といえば「言葉遊び」的なやりとりの部分につい気を取られてしまうのだが、謡に心揺さぶられるような思いがしたのは初めて。

「舟ふな」の遼太くん。中2とのことだが、意外にも太い大人っぽい声がよく通り堂々たるもの。受けて立つ(?)万之介師の飄々とした味わいがまた一段と冴えていたようだ。

「奈須与市語」は、狂言の稽古の重要な一段階とのこと。竹山さんは初演。こういう記念すべき場に出会うと、今後の活躍を見守りたいという感慨しきり。そういえば、お正月には高野さんの「三番叟」の披きも見る機会に恵まれたのだった。

「小傘」は楽しく賑やかな曲。この前「ござる乃座」で見た「煎物」同様、皆がつい浮かれてしまう様に、狂言の生まれた当時を思う。尼を演じた石田さんの存在感!

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劇場で出会った人(1) 地震の記憶

10月23日夕刻から、新潟地方に震度6強の地震が何度も発生。ちょうど会社(5階)で仕事中の私も、ちょっと酔いそうな不気味な揺れを何度も感じたのだが、震度3程度だったのか? たてつづけに大きな台風に襲われているのに加え、大きな地震で、なんだか言いようのない不安を覚える。

それで思い出した、というよりは、実は折にふれて思い出していることなのだが、10日に松竹座に行ったおり、隣にすわった品の良いおばさまから「阪神大震災のその後」を聞く機会があった。どうしてそんな話になったのか、よく覚えていないけど、たしか「地震以来、気持ちがふさいで」と仰ったのがきっかけだった。まもなく10年を迎えようとしていても、なお?と聞いていると、その方は被害甚大だった東灘区で、無事に家は残ったものの、とてもつらい思いをされたらしい。というのも、家が残ったら残ったで、やっかみなどを受けたりして、その部分で絶望的な思いをされたようだ。「大きな声で訴えられない」つらさ、とでもいうようなもの?
その気持ちは、とてもよくわかるような気がした。「自分よりもっと困っている人」の前で、自分の言葉も飲み込んで、抱え込んでしまったまま、ずっと過ごされたのだろうか。「人間のイヤな面もいっぱい見ました」と短く仰ったのだった。

震災を経験した人にとっては、ほんとに「過去のこと」じゃなくて、今に続く出来事なんだ、と思った。その方は歌舞伎よりもクラシックなどへよくお出かけのようだったが、いろんなことから「エネルギー」を吸収して、またあちこちの劇場に出かけてほしいと心から思う。
そして、外見(化粧や服装)はとてもシンプルなのに、ほんとに素敵な方だったから、やはり内側から滲み出るものは確かに大きいのだと実感。十数年後には私も!? ちなみに、先代仁左衛門のお子さん(って?)と小学校が同級だったのだそう。

酔狂にも大阪まで出かけたおかげで、こんな幕間を過ごすことができた。・・・だから、これからも!

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2004.10.22

「楡の木陰の欲望」

10月20日(水) 19:00~ 於・THEATRE1010(シアター1010、北千住)

日本中で大きな被害が出た台風23号が上陸した日、なんと「楡の木陰の欲望」を見に行った。ずいぶん前にチケットを買っていたとはいえ、全くこんな日に、ではある。

6時少し過ぎに麹町の会社を出たときには大降りで、半蔵門→大手町→北千住の予定を変更して、麹町→永田町経由で大手町に。電車も少し遅れ気味で、劇場に滑り込みセーフ! こんな日だから仕方ないけど、空席が目立つ。最近は満員の芝居ばかり観ていたので、ちょっと調子が狂う。
出だしのエヴァン(パク・ソヒ)と2人の兄のシーンは、見ている側にもそんな硬さがあったかもしれない。寺島しのぶ(アビー)がなかなか出てこないなあと思い始めた頃、エヴァンの父エフラム(中嶋しゅう)とともに登場。やはりこのあたりから、徐々に物語も人も、動き始めた。

特筆すべきは舞台装置。2階建ての一軒家の中全体で起こっていることが見えるようになっているのだが、外壁は勿論ないわけで、にもかかわらず、ぐるっと回って外へ出てくるという動きなど、慣れるまで、??だった。

ストーリーをここで説明はしないが、アビーが「殺した」と告げる場面、寺島しのぶの抑えた声の調子=冷え冷えした感覚が、忘れられない。暗い穴の中に落ちていくような、とでも言えるような広がりを感じた。
初めて見たパク・ソヒも、すごく印象に残るとまでは言えないが、健闘していたと思う。ただ、最終の場(保安官を呼びに行ってから後の、愁嘆場)が、それまでのシーンに比べると弱かったという不満が残っている。

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2004.10.17

「東西狂言の会」

10月17日(日) 16:00~ 於・三鷹市公会堂

 ・「寝音曲」 茂山千之丞、丸石やすし
 ・「業平餅」 野村萬斎、野村万作、石田幸雄ほか

三鷹で年に一度行われる、茂山家と野村家の「東西狂言の会」。ほぼこのためにMARCL会員になっていると言っても過言ではないワタクシ。でも、正面の列は取れなかったけど。
まずは石田幸雄さんの解説から。あいかわらず軽妙な喋りで、ぐいぐい引きこまれる。それでいて初心者にも親切な解説だから、狂言への親しみが増しそう。私も狂言を見始めた頃に石田さんのお話を聞いて、基本のところを言葉で教わったように思う。

♪「寝音曲」
解説の中で石田さんが、東西での違いとして「東京の方が武張っている」という意味のことを仰っていたが、たしかにより人間くさいというのか、やわらかさを感じた。千之丞さんは1923年生まれとのこと。とてもそうは思えないつややかな声で、文句なしに楽しい「寝音曲」だった。

♪「業平餅」
狂言には珍しく豪華な衣裳(王朝貴族)と面を使うということで、装束にも注目。それにしても稚児で裕基くんが出てきた時には小さなどよめきというか、「かわいい」という声がこだましてくるような空気だった。このあたり地方公演(だよね?一応)ならではの雰囲気がある。業平は全くコミカルで驚くほど。家にある同じ萬斎さん出演の「業平餅」DVD(NHKのを録画)をざざーっと見たときには、ここまでは感じなかったのだけれど。あとでちゃんと見て、おさらいしよう。

能楽堂のピンと張りつめたような清々しい舞台が好きで、つい「どうせなら能楽堂で見たい」なんて思ってしまうのだけれど、「遺産」としてまつりあげられるものではなく、庶民の中で生き続ける狂言のエネルギーは、身近な会場に足を運ぶ個々の人たちに根ざしているのかもしれない。

(初めて狂言に着物で行く:黒地のお召)

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2004.10.16

「赤鬼 日本バージョン」

10月16日(土) 19:00~ 於・シアターコクーン

とくに野田秀樹ファンというわけではなくて、小西真奈美が好きだから(←「熱海殺人事件」以来)見に行った、というのが正確なところ。友人から運良くコクーンシートのチケットを譲ってもらえたし。この席は、2階(最上階)とはいえ、ぐるりを客席に取り囲まれた変形舞台をほぼ真上から見下ろすようないい席で、感謝感謝。

さて、この1時間45分ほどの芝居を、うまくまとめるのは、私にはとてもできない。スピーディーな動きと紡ぎ出される言葉の数々に笑っているうちに、「異文化との関わり」という言葉が頭の中をぐるぐる。そしてラストシーンに向かう過程では涙してしまった。言葉、言葉……言葉ってなにと、今も私の中をかけめぐっている。

ロンドンバージョン→タイバージョンと来て、この日本バージョンでおしまいなのだけれど、前の2つを見なかったことが悔やまれる。

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2004.10.15

「市馬落語集」

10月15日(金) 19:00~ 於・お江戸日本橋亭

1ヶ月おきの「落語集」だが、プログラムに早や12月の「市馬忘年会」の予告が入る時期となってしまった。1年はほんとにあっという間。今年は今まで皆勤賞なのに・・・今日はお江戸日本橋亭に到着したのが8時半になろうかという時で、でも「「笠碁」のマクラから落語に移るころだったから、まあセーフ!
そんな訳で椅子席の後ろ右端で聴いていたのだが、この席は「力をぬいてのんびり聴く」にはけっこういいんじゃないかと思った。

怪我の功名のような、ちょっとゆったりした気持ちで「笠碁」の世界を堪能。意地っ張りの二人の表情まで浮かんでくるし、すごく「いい噺」なんだなあ、と初めて実感した。この場合のいい噺というのは、私にとって「落語を聴く楽しさ」の根源につながるもの。「笠碁」の笑いって、どーんと大きなその場限りのものじゃなくて、情景を思い返しながらしみじみ余韻に浸りつつまた笑う、といった感じかも。

間に合わなかった「お楽しみ」のもう一席は、なんと「提灯屋」だったそう。皆さんの感想を聞くのが楽しみ。

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2004.10.12

「夏祭浪花鑑」(NHK)を見る

録画してあったNHK教育テレビ「夏祭浪花鑑 NY公演」を、HDD→ディスクへのダビングがてら、やっと見た。あらかじめ見て行かないでよかったな、というところ。まだ松竹座の記憶が鮮明だから、思い出しながらじっくり楽しんだ。

最後のシーンがNY版と凱旋公演ではちょっと違ってたのか。というか、いかにもNY公演のお土産という感じの松竹座だったんだな。

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2004.10.10

「野崎村」「狐狸狐狸ばなし」他

10月10日(日)11:00~ 於・松竹座

台風で新幹線などがめちゃくちゃだった昨日じゃなくてよかった、松竹座・昼の部。
目当ては「狐狸狐狸ばなし」。5月にラサール石井と篠井英介(そうだ、演出はケラさんであった!)で見ていたものを歌舞伎では?と楽しみだった。あの時、ラサールさんがかなりコッテリだなあと感じていたのだが、なんのなんの、勘九郎はもっともっとたっぷりで、しかもただ楽しい。これが歌舞伎なのか、と思う。
弥十郎(又七)や笹野高史(寺男)も達者。ただ橋之助の重善は、単純で軽い坊さんに見えて、もう少し色気というか悪の部分があっても、と思った。

「野崎村」は勘太郎のお光に尽きるのではないか。ストーリーだけ読んでいると、なんだかなあという話なのに、涙が出てしまった。義太夫「野崎村」はCDでよく聴いているけど、実際に見たのは初めて(と思う)。

ほかに踊りで「橋弁慶」「お祭り」。勘太郎がすごく父親に似てるんで、これまたビックリ。

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2004.10.08

10月8日 「夏祭浪花鑑」を観て、備中へ

コクーン歌舞伎以来、二度目の「夏祭浪花鑑」はNY凱旋公演。コクーンの楽しさが忘れられず初めて大阪松竹座に遠征した。
歌舞伎座から見るとコンパクトな会場で、6列目(前3列は平場)の右端だったけど、役者さんの表情もよく見えた。
NYバージョンゆえ、最初の場面(人物)紹介がチャールズさんの英語と日本語で入ったのが、ちょっと集中力をそいだかな…でも凱旋公演の気分は盛り上がる。
祭りの賑やかに浮かれる気分と、その中にある、はかなさ、言いようのない寂しさも感じてしまった。そしてコクーンの時とはまた違うラストを堪能&スタンディングオベーション。いやはや、満喫した。

そして、なんとも思ってなかったことだけれど、「浪花鑑」の中では備中玉島がキーワードのように出てくる。その備中へ(玉島ではないけれど)、芝居がはねたらそそくさと向かった私であった。

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吉祥寺で国本武春(予定)

(カテゴリの選択で悩んでしまった。ま、音楽には違いないよね)

来る10月24日、吉祥寺のアムリタ食堂で開かれる国本武春ソロライブの整理券が届いた。ちょうど夕方、いっしょに行く予定のBさんに会ったときに、そのチラシ(ハガキ大)を貰ったところだった。彼女は吉祥寺在住だから、どこぞで見つけたそうな。

8月23日に世田谷パブリックシアター「MANSAI 解体新書」で、初めて国本さんの芸の一端に触れ、すっごく興味をもったところだったので、この吉祥寺ライブは嬉しい。折しも、朝日新聞の夕刊に連載(週1回)は始まるし、「東京かわら版」10月号では巻頭インタビューだし、急激に国本さんの嵐!!
しかも24日って、まず国立能楽堂で、「万作を観る会」。そこから吉祥寺へ、ということで「解体新書」第2ラウンドのような気がしている。

*当初のカテゴリ「音楽」から「講談、浪曲」に変更

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2004.10.05

「心中天の網島」(流山児★事務所)

10月5日(火)19:00~  於・本多劇場

篠井英介の演出・出演ということで、公演を知った半年ほど前から楽しみにしていたもの。ただし、流山児★事務所の芝居は一度も見たことがなくて、ちょっと不安でもあった。

「心中天の網島」といえば、近松の心中ものの一つだけれど、チラシでは洋装。?? これに関してはパンフレットの篠井さんの言葉「着物を着こなし、近松の台詞をいうことだけですっかりエネルギーが使い果たされ…洋服でのびのび演じて頂ければ」ということのようだ。
ただしプロローグに相当する、心中もの流行のきっかけとなった、「曽根崎心中」のお初(篠井)・徳兵衛(甲津拓平)は着物。すらっとした篠井さんの着物姿はとても艶やかだった。で、この二人の幽霊が「自分たちが心中をはやらせたことになって、成仏できないから」と近松(流山児祥)に心中ものを書かないでほしいと頼みにくるのが発端。そこへ「またしても心中が!」との知らせが。

ここから洋装の、紙屋治兵衛(若杉宏二)、遊女小春(七瀬なつみ)他の、「心中天の網島」へ。う~ん、頑張って着物がよかったんじゃないかなあ。だって洋服に脇差しを差してもねえ。というか中途半端? 随所に流山児さん(確かにアニマル浜口のよう)が歌いながら登場して、事務所20周年記念作でもあるし、ある意味、彼の舞台なんだ!
七瀬なつみは以前、南果歩と共演した「アンコントロール」を見たことがあったけど、今回の方が彼女には合ってるような気がした。勿論花があり、表情も自然。七瀬は、治兵衛の妻おさんとの二役。河庄の場から治兵衛宅への場面転換の間に、20周年の口上があり楽しかった。

全体として少し冗長に感じるところもあり(近松に心中物を書くよう言いにきた竹本座の手代など)、淡々とした印象で終わってしまったかも。ただ、最後に治兵衛が小春を刺すシーンで、「お前のせいで」という憎しみを現し、そして自分を刺して「痛い」とのたうちながら死ぬところ、そもそも成仏できないと訴えるお初徳兵衛など、決して死は甘美なものじゃない、というメッセージだったのか、と……勝手に思っている。
あ、音楽がとてもよかった。三味線や柝も入ったけれど、治兵衛・小春の場はシンプルなピアノ。

そういえば4月には「新・近松心中物語」を見ていて、少しだけそれ(お亀と与兵衛の川べりのシーン)が甦ってきた。

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2004.10.04

「提灯屋」考

30日に池袋で聞いた「提灯屋」について、もう少し。

ちょっとね、と思った点はふたつ。
・若い衆が集まって「広告」を前にわあわあ言ってるんだけど、みな字が読めないからいい加減な想像をしてる。そんなに無筆の人ばっかりというのは、明治以降はありえない? でも、想像の部分のクスグリは結構、近現代っぽいから、聞いていると混乱が生じてしまう。

・やっぱりサゲがつらい。勿論、あらかじめ「まる」「かしわ」については仕込んであるんだけれど、いかんせん「丸に柏」という紋が頭に描けないから、面白さ半減? 自分の無知を棚に上げて言っちゃうと、今どきそれがすぐ頭に浮かぶような人は少ないんでは。実際に市馬さんの場合、最後がタタタっといっちゃったようで、「えっ?」という感じで終わってしまったように思う。

それで、ふと思い出したのが、都筑道夫の「なめくじ長屋」シリーズ。たしかその中に、「判じ絵」になってるどこかの店の広告を読み解くっていうのがあったはず。無筆じゃなくて、そういう「判じ絵」を前に若い衆が首をひねるのなら違和感はないと思うけど、読む=目で見るのならともかく、言葉を聞くだけの落語としては、やっぱり無理だよね。


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2004.10.01

9月30日 池袋演芸場 下席・昼の部

2時を少し回ったところで入場。時助さん(前座)の途中から。
・時助「たらちね」 ・金太「素人鰻」 ・彦いち「猿後家」 ・扇好「水屋の富」 ・正朝「普段の袴」
・とし松(独楽まわし) ・市馬「提灯屋」 ・・・(仲入り)・・・
・扇辰「道具屋」 ・喜多八「目黒のさんま」 ・にゃん子*金魚 ・金時「芝浜」

♪時助さん、千代女の名乗りの最初のところで一瞬言葉が出てこなかった。寄席などでは開口一番から聞くことが少ないからか、私はそういう場に初めて遭遇。幸い、口の中で少し前からやりなおして、無事に続行できた。
噺自体はそれこそ「頑張ってね」だけれど、その後、高座返しで登場する姿など、なかなか雰囲気がよろしいようで。

♪彦いち、扇辰さんの二人は、とても久しぶりに見たような気がする。私は彦いちさんが真打ちになったときの紀伊國屋サザンシアターの会には行ったんだった。それぞれに個性的かつ安心して聴け、面白かった。「猿後家」という噺は初めて聞いた。

♪市馬さんは「提灯屋」。ちんどんやのマクラが楽しくて、田舎育ちの私は、東京で初めて見たホンモノのちんどんや(於・北千住)に、ついていきたくなったことを思い出した。しか~し噺に入って早々、「ちんどんや」と言うべきところを「提灯屋」と言っちゃったのはイタかった。一応、なんの広告だか読めないからワカラナイということで、エンエン続いていく、その発端だからね。
それとこの噺自体が、「若い衆がみな無筆」だから江戸時代に設定しなくては無理じゃないか(でもクスグリとかがいかにも今風なんだよね)、ということと、サゲが現代ではどうもピンと来ない、という二つのハンディを持っているから、満足感が今イチ。言い間違いはある意味ささいなことだけど、こっちは・・・。

♪そして、この時期に「芝浜」を聞くとは思わなかった。金時さんの噺を聞いたのも初めてかもしれない。丁寧だけどけっこう淡々と進んで行って、でも最後の聞かせどころはたっぷり。あんまり重くなりすぎず、好感のもてる「芝浜」だったと思う。


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