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2004年12月

2004.12.31

ゆく年の二重マル

【災】という文字で表現された2004年もまもなく終わる。私にとっての2004年を振り返ると、

☆このブログを始めた、というのはやはりニュース。しかも、とにかく3ヶ月以上続いているじゃない!ほんとメモというか備忘録というか独り言で、積極的には公開してないけど、成り行きで「読む羽目」になった皆さん、ごめんなさい。

☆結局、舞台を見るための遠征を3回もしてしまった。大阪と京都。さて、次は名古屋かな。

☆印象に残っているお芝居は・・・
 「ベント」(PARCO劇場):ナチス政権下で迫害された同性愛者の物語。椎名桔平と遠藤憲一も勿論よかったけど、篠井英介の2役(ゲイ・バーの主人とナチスの将校)が、どちらもぞくぞくするくらい「冷たくて」カッコよかった。ラストは涙が止まらなかった。

 「オイディプス王」(シアターコクーン):同じキャストでの再演だが、かなり演出が変わっていたような。よりシンプルになって、悲劇性が強まった気がした。麻実れいに圧倒された。

 「三人吉三」(歌舞伎座):歌舞伎は比較的観た方だと思うけど(自分比)、いま一番それぞれの場面が印象深く浮かぶのがこれ。

 「翁」「弱法師」(矢来能楽堂):1月の観世九皐会定例会。人に誘われて観ただけだが、「翁」の儀式性というか、年の初めらしさに、日本人の血が騒ぐ(笑)。能は他にもあったのだけど、「弱法師」の記憶が強すぎ。

 「狐狸狐狸ばなし」(本多劇場/松竹座):北條秀司の作品を、ケラリーノ・サンドロヴィッチの演出と歌舞伎で。偶然同じ年に観たというだけではあるけれど、それぞれに面白くて、よくできた脚本の力を感じる。本多劇場で重善を演じた板尾創路に注目。これに今月の歌舞伎座「たぬき」(大佛次郎・作)を加えてもいいかもしれない。化かし合いの果てには・・・。

☆「三人吉三」を選んで「助六」や「夏祭浪花鑑」はどうした、とか、世田谷パブリックシアターは? などと、自分でも思うけれど、パッと挙げられるものというところで。

 

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2004.12.29

「走れメルス」その2・俳優編

♪今年、野田作品を3本観たけど、役者としての野田秀樹は「透明人間の蒸気」のサリババ先生が一番面白かったような気がする。いつもすごい運動量だしスピード感あふれる台詞なのだが、「走れメルス」ではなんか物足りなさがある(桐島洋子役の方)。その分、古田新太の存在感には圧倒された。舞台全体をピリッと引き締める重石のよう、とでも言えばいいだろうか。

♪小西真奈美はやっぱりとても好きだなあ。彼女の個性が際だつというよりは、それぞれの芝居で自在に変わる柔軟さがあるんじゃないかしら。そして深津絵里も、とらえどころのない魅力・・・う~ん、不思議な女優さん。びっくりだ。

♪で、勘太郎くん。御曹司がんばる、というところかな。しかし何しろ26日に父・勘九郎を観てきたばかりで、どうもイメージがダブる。台詞が、意図的にかどうかはわからないがとても歌舞伎なんだもの(全てではないが)。それでどうしてもスルメじゃなくて勘太郎なのよね。あと、見た目が父親に似てるなあと思ったのは松竹座でだったが、今回は声や台詞回し(特にラ行の音)でも、ほんとにそう思った。遺伝子は正直だこと。

♪メルス役の河原雅彦は多分初めて見たのではないか。あんまり「まじって」なかった気がするのは、要するにそんな役だったのかなあ。

・・・というわけで、面白かった。もう一度観たい(1月末まで公演はあるが前売りは完売とのこと)。立ち見でも2時間弱だよ、と耳元で囁く声もするけれど、無理でしょう←行ける日がない。

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「走れメルス」の作家・野田秀樹

12月29日(水) NODA・MAP「走れメルス~少女の唇からはダイナマイト!」 14:00~ 於・シアターコクーン

♪作・演出/野田秀樹
♪キャスト/深津絵里(芙蓉)、中村勘太郎(久留米のスルメ)、小西真奈美(零子)、河原雅彦(メルス・ノメルク)、古田新太(大地主/芦田刑事)、野田秀樹(大奥様/桐島洋子)ほか

♪公演パンフがなかなか充実している。というか、それは主に野田秀樹の「巻頭言」と、野田×扇田昭彦の対談のこと。若い頃の野田さんは、私に劇場へ足を運ぶ条件が整っていなかったこともあり縁なく来たけれど、最近とみにシンパシーを感じている。同世代ということもあるか?
「巻頭言」によると、彼がこの芝居(20歳の時に書き22歳で書き直して今の形に)を、今やろうと思ったのは「今の若い人」の芝居が面白く思えないから。若いがゆえの「想像する力」、何もわからない向こう側をがむしゃらに信じる力が感じられないから。“世界の中心で、わかりきった愛なんか叫んでる場合じゃない”。彼には若い人の挑戦を受けて立つ分別はなく、待ってもいられず、“悪いけど、先へ行く”そうだ。(“”内が引用部分)

対談でも触れられているが、野田さんの若い頃の作品には言葉遊びが多く、これもその一つ(スルメ←→メルスも然り)。私にとっては、あらゆる芝居、すべて「言葉」が好きなのが出発点だ、と今さらながら思う。落語好きもそこから来てるんだもんね。

♪しかし、野田作品の場合、今見た芝居を言葉にまとめるのがとても難しい。どうも宿題を与えられてるような気分ですらある。前作「赤鬼」のキーワードが異文化なら、ここにあるのは、青春の夢であり儚さや痛々しさなんじゃないか、と(直観的に)それこそ若くはない私は思う。

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2004.12.28

最前列で「子午線の祀り」を観る

12月27日(月) 14:00~ 於・世田谷パブリックシアター

*キャストなどは25日の項参照。

1回の公演期間中に2度見に行くというのは初めてのこと。しかも「中一日」しか置かずに。まあ25日の切符は先に念のために押さえていたもので、誰かに譲ってもよかったんだけど。でも、いい機会とばかり、文字通り違う角度からの観劇を楽しむ。

そして、本日は最前列の上手側。知盛(萬斎さん)が真正面に立つ場面も多くて、ちょっとどきどき(笑)。3階席からは全体の流れを追っていた感があるが、今度は役者さんの表情などをしっかり見る。あ、上ではよく分からなかったが、波の音がけっこう聞こえていたのか、であった。
前回気になった萬斎さんの口調は、口許がよく見えている分だけわかりやすかったからかもしれないが、それほど気にならなかった。でもやはり序盤にあんまり早口すぎるんでは? と思う箇所は一度だけあり。宗盛(観世栄夫さん)が、いるかの大群を見てあわてふためく場面、今回はよくわかった。
平時忠役の月崎晴夫さんも、上からは何が何やらわからなかったが、あまりに風貌がいつもと違い、しかもそれがよく似合っているので笑ってしまいそうだった。

休憩を挟んで前半は近くから見るのがだんぜんいいけれど、後半はそうともいえない。群読の場面がかなり多い(
階段状に役者さんが並んでいる)ので、前すぎると首が疲れることもあるし、源氏側と平家側で左右に分かれての読みなど、上からの方がダイナミックに受け止められた。

でも上から見ても間近で見ても、義経(嵐広也さん)は少~しイメージに合わない。すぐに隈取りが書けちゃいそうなお顔だから(失礼!)、というわけでもないのだけれど。

ということで、2カ所から見るというのは、なかなか面白い経験だった。また「これぞ」というときにはやってみてもいいけど、そういう芝居はチケット取りも難しいのかもしれない。根性で当日券?
そして気がつけば、来年の大河ドラマが「義経」ということで、本屋さんには「義経」がいっぱい。石母田正「平家物語」(岩波新書)の復刊も、その流れに乗ったものだろうか。今はとりあえず、これが読みたい。

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2004.12.27

初めての千秋楽拝見、歌舞伎座・夜の部

12月26日(日) 「十二月大歌舞伎 夜の部」 16:30~ 於・歌舞伎座

♪「鈴ケ森」
♪「阿国歌舞伎夢華」
♪「たぬき」
♪「今昔桃太郎」

♪今月分が校了するのを待ちかねて(見越して)、いろいろ観劇の予定を立ててしまったので、ここにきてやけに慌ただしい。勘九郎の名跡最後の公演が「桃太郎」とあらば、きびだんごとしては行かないわけにはいかないが、行ける日はこの日しかなかった。そういえば千秋楽! 実は気づいて(実感としてわかって)いなかった。ちなみに一般発売初日は電話がつながらず、2日目の昼つながった時にはすでに3階席は完売。やむなく2等席にしたのだが、う~むちょっと半端だったかな。1等席でもよかった??

♪「鈴ケ森」「阿国」は、まあ観て楽しむだけ。というか、ちょっと趣味ではない(単純だからね、私が)。七之助くんの白井権八はいかにも線が細くて・・・。こういう「ちょっとね」という時の楽しみは衣裳見物だったりする。色合い、組み合わせなど、興味は尽きない。
が、一転「たぬき」のような芝居は大好き。勘九郎の幇間蝶作、福助のお妾、三津五郎の金兵衛などなど、ほんとそれぞれの役者さんにぴったりの役で、楽しんでやってる雰囲気が伝わってくる。だいたい勘九郎の幇間なんて、いかにも、じゃない? 序幕では福助さんもノリノリの役どころで、久しぶりにコメディエンヌぶり(?)を楽しんだ。三津五郎の演じる金兵衛は、もともと女房との仲が悪い上に、信じていた妾のお染の裏切りを知り、一度死んだ!のをいいことに「別の人生」を歩む男。二幕はその「人の裏面」を見た彼の暗さや皮肉が際だち、重みが残る。福助-三津五郎の好対照あればこそ、かも。

そして「今昔桃太郎」。渡辺えり子さんへのインタビュー番組などでほんの一瞬見ていて、「踊りのいいところをつなぎあわせる」とは聞いていたのだが、ちょっと予想外なくらいたっぷり。勘九郎が一人で踊るその舞台の上手側に「高坏 昭和○○年」というような字幕が出て、踊りメドレーが入る。特に連獅子の毛振りは圧巻だった。これは千秋楽ゆえのことでしょう。全体としてストーリー云々よりも様々な設定を楽しむ。でもでも、桃の精(福助=桃太郎の母)が出てくる場面が、ちょっと説教(説明)ぽくて、熱気に水を差された感があったな、私には。
鬼のために踊りを止められなくなった人たちの踊りが実におかしくて、ここでの七之助くん(桃太郎の娘・桜)ははじけていた!「野田屋に奉公に行ってる兄」などという台詞が勘九郎から出たが、これは現在NODA・MAP「走れメルス」に出演中の勘太郎くんのことで、彼も野田氏も見に来ていたのだった。役名「長老の犬」で御年九十の又五郎さんが出られて、お祝いムードは最高潮となった。
スタンディング・オベーションや2度のカーテンコールがあり、くす玉が割られ、そして又五郎さんの音頭による「手締め」と、歌舞伎座・千秋楽、勘九郎最後の公演の魔力のようなものに、ノックアウトされた夜だった。

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2004.12.25

3階から「子午線の祀り」を観る

12月25日(土) 14:00~ 於・世田谷パブリックシアター

♪作/木下順二
♪演出/観世栄夫
♪出演/野村萬斎(知盛)、観世栄夫(宗盛)、高橋恵子(影身の内侍)、嵐広也(義経)、木場勝己(阿波民部重能)ほか

♪1979年以来、過去6回の公演があった「子午線の祀り」であるが、全くの初見。少なくとも1990年の第4次公演以降は見られたはずだが見ていない。特に99年の新国立劇場での公演(萬斎・市川右近)は、どうして見ていないのだろう・・・。
まず今日は3階1列、ほぼ舞台の中央からの観劇である(まず、と言うからには、次があるということで)。

「子午線の祀り」を特徴づけるのは、群読という方法である。第一幕、始まりの部分の群読では、見る側の私に言葉を受け入れるウォーミングアップができていなかったのか、すんなり入ってこなかったのだが、ストーリーの展開につれ、力強くストレートに伝わってきた。群読ばかりでなく、ソロの「読み手」の力量にも強い印象が残る。
しかし、特に前半部分、萬斎さんの台詞が早口なのがとても気になった。同じ早口でも、低い声の独白的部分はいいのだが、高い調子になるとうまく伝わってこないのである。そのせいもあって、やや疲れてしまった。昼行灯的な宗盛役の観世栄夫さんは、とても雰囲気があったと思うけれど、壇ノ浦で身辺急になったあたり「あわわわ」という感じはともかく、なーんか言葉が来ないような。
高橋恵子さんの出番は、思ったより少ないのね、ではあったが、よく通る綺麗な声と台詞ですごく惹きつけられた。実は普通に話す彼女の声にもやや記憶はあるが(かつてのPTAで)、それとは全く違うんだなあ。

と、簡単に役者さんの印象を記すにとどめて・・・やっぱり休憩を含めると4時間10分あまりの舞台は見る方も大変。思ったよりは長さを感じなかったとはいえ、見終わったとたんに、どっと疲れが。

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今年はこれで聞き納め、市馬「七段目」

12月23日(木・祝)「市馬落語集」 昼の部14:00~ 夜の部17:00~

♪(昼)市馬「猫の災難」・・・(仲入り)・・・「睨み返し」「七段目」
♪(夜)さん彌「桑名船?(鮫講釈)」、市馬「鼠穴」・・・(休憩)・・・昭和歌謡大全集

前日まで夜中に帰宅していた上に、祝日なのに「今日も出かけます」などと言って冷たい視線を浴びつつ、よたよた出撃っ。一応家族の手前、夕食の支度なんかもしていたもので、開演時間に遅れる遅れる。我ながらひどいね。
開口一番が聴けないどころか、市馬師匠の「猫の災難」もかなり進んでいて、あららら~なのであった。受付でお席亭が「今日は三席やると言ってるよ」と教えて下さったのだが、終わるとすぐに仲入りで、「三席って??」と内心思う。
「睨み返し」を聴きながら、私が初めて市馬師匠の噺を聴いたのがちょうど2年前の暮れ、同じ落語集だったなあと思い出す。やはり年末のネタ「尻餅」だったのだ。「掛け取り」の贅沢さを知っている分、「睨み返し」は地味かな。も少し、枯れる(年齢になる)と味が出るのかもね。
そしてそして、な~んとここでおまけの一席が「七段目」とは! うれし涙が出ちゃうよん。実は今まで「淀五郎」は何度も聞いたけど「七段目」は聴いてなかったのだ。もしこれが一席目だったなら、悔やんでも悔やみきれないところであった。海老蔵襲名、団十郎の復帰にも触れつつ、芝居狂いの若旦那の話へ。もう思いっきり堪能して楽しさに酔いました(*^_^*)

そして夜の部。二つ目・さん彌さんの、「力技」としか言いようのない摩訶不思議な噺のあとに、「鼠穴」。ああ、いけない、意識が遠のいてしまった・・・。そうそう、このときのマクラで、落語には「この噺はこうやらなくてはいけない」というのはない。いろんなやり方がある。いろいろ聴いて、「ああ、こういうのがいい」とか判断すれば、というような趣旨のことを話された。マクラでこんなことを仰るのはちょっと珍しいような気がするのだけれど。
で、「鼠穴」は、また体調万全の時に聴くってことでゴメンナサイ。実はあんまり積極的には聴かない談志さんの「鼠穴」を、2年ほど前にたぶん三鷹あたりで聴いたことがあって、その時を唐突に思い出してしまった。あれはやっぱりよかったんだなあ。(談志さんの落語って、なんか心底素直に聞きに行けない自分がいて、どうもダメなんだけども。)
大喜利の「昭和歌謡大全集」は、いつものあれ、というところ。しかし、今年は声帯模写の白山雅一氏が飛び入りでステージに上がられて、普段接する機会がないだけに嬉しかった。声帯模写といっても、模写される人をそもそも知らないから、面白さも今イチのものもあったけれど。川柳師匠もそうだが、日頃、ステージの上で声を出すことを仕事にしている人は、ほんとに若々しい。あんなおじいちゃまが身近にいたら、楽しそう!

というわけで、今年の落語は聞き納め。「七段目」が聴けたし、思い残すことはありません!?

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2004.12.19

「助六」の周辺(京都南座・夜の部 その3)

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(画像挿入スタイル、いまだ研究中)

いつまで引っ張る、この話題(笑)。画像は売店で買った襲名記念グッズの扇子とポチ袋。とある雑誌に、フランス公演でのグッズが載っていて、どれもこれも素敵だったのだが、京都では「これは」というものがあまりなかった。でも、何か買わずには帰れない私ゆえ・・・。

ちょうど「家庭画報」か何かの、村松友視による海老蔵がらみの連載で、河東節の方々のことも読んだところだった。河東節をやってると、ちらと噂に聞いたこともあった某大学教授の名前を筋書に発見。ひとしきりう~む。いや和服がお似合いだとは思います・・・。(またもや脱線)

1週間以上たった今、思い返しても海老蔵の美しさはくっきりと脳裏に焼き付いている。大道具小道具、拵えのすべてがその美しさをきわだたせて、歴史がはぐくんだ粋、とでも言えばいいのだろうか。背中にずっしり伝統を背負ってるという気もした。ただ、個人的な好みでいえば、「煙管の雨が~」などの台詞に舞い上がりはしても、彼の喋り(声?)があまり好きじゃないのも確かかな。説明は不能なんだけど、何かが私の神経の突端にさわるのでしょう。
ほかには、やっぱり白酒売(菊五郎)と母親(田之助)の存在感をしみじみ感じている。
通人(亀蔵)は、マフラーを巻いてヨン様と、「残念っ」の波田陽区で笑わせたのだった。

ついでに京都メモを。昼食は「美濃幸」と「瓢樹」にて。どちらも風情のある建物(とくに美濃幸)で、ゆっくりおいしく戴きました。草履の「ない藤」と、俵屋旅館のグッズを売っている「遊形」、「便利堂」などであれこれ見て買って、骨董店でも目の保養。あとは友人の好みにつき合って和菓子屋さんをあちこち訪問して、「したたり」や「味噌松風」などのご購入につき合ったのだった。ホテルもレディースプランで格安に泊まれたし、またしっかり働いて京都に行かなくっちゃ!!


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2004.12.15

上演作品をめぐるレクチャー5「子午線の祀り」

12月15日(水) 19:00~ 於・世田谷文化生活情報センター セミナールーム

♪講師:兵藤裕己  テーマ:平家物語、語りの場(トポス)

♪世田谷パブリックシアターの上演作品をめぐってのレクチャーシリーズも5回目。7時からという時間設定や1000円の受講料なども含め、私がパブリックシアターのファンである要因の一つ。

受付で手渡されたのはレジメ3枚。今昔物語や日本書紀、延喜式などなどが切り張りされていて、なんだか学生時代に戻ったような気持ちになる(一応、日本史を学んでいたからね)。なぜ、これらの史料が提示されているかといえば、琵琶法師の祖といえる蝉丸と、平家琵琶の大成者・覚一の出自から説き起こすから。前者が畿内における東の境界(逢坂)に住み、後者は西の境界(明石)に住んでいたこと、この「境界」こそが、異質な空間(=日常の秩序空間と非日常の反秩序空間 or この世とあの世、がせめぎあう場所)であって、「語りの場」として重要である。その境界で平家を語るとは・・・。
こんな調子で、さまざまに刺激的な講義で、約1時間45分ほどがあっという間にたってしまった。「子午線の祀り」は群読が特徴的なのだが、個人的な「私」を消去する読みで「平家の声」を復元するものであるようだ。すでに上演が開始されているが、私が観るのはまだ10日ばかり先。待ち遠しい。

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2004.12.14

↓こんな位置で見ました(京都南座・夜の部 その2)

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♪「梶原平三誉石切」 
♪口上
♪「隅田川」 
♪「助六由縁江戸桜」

♪東京での海老蔵襲名興行熱にはまったく乗らなかったというのに、ここにきて京都に行こうとは! まあ、やっぱりチャンス、と思ったこともあるし、「助六」と口上が同時に見られて、揚巻が菊之助・・・と、条件が揃ったもので。仕上げに、某カード会社のチケットセンターへの電話がうまく繋がったというのもある。やみくもに「2枚!!」と叫んで同行者を探したら、「助六フリーク」の同僚が素早く手を挙げたので、示し合わせて会社を休んだのであった。

♪口上の幕が上がると、ずらり並んだお歴々は壮観。雀右衛門が進行役(? 何というのでしょう)で、彼だけがずっと顔を上げているのか! パリ公演では菊之助のフランス語の口上がたいそう評判だったようだけれど、さすがに日本でそんなことはしてくれない。中では案の定、左團次が「何を仰いますやら」的な発言を。
最後の「にらみ」は、意外とあっけなかったような・・・これは2階席から観ていたから、でもあると思う。

各演目の間に休憩が20~30分入ったから、気持ちの切り替えはできるとはいえ、「隅田川」ではウキウキ感に水を差すんでは? 照明もくら~いし、だいたいストーリーが・・・。斑女の前を鴈治郎が演じたが、我が子の死を知って泣くところ、あまりに「生(なま)」な感じ。ほっんとにこういう話は苦手である。どうしておめでたい襲名興行にこの演目が入っているのか。助六で一気にはじけろ、とでも?

さて、その助六。歌舞伎座でも観た友人が言うには、東京ほどの熱さが観客席にないのでは、とのこと。それには劇場の規模や、土地柄など、いろんな要素があるんだろうか。とはいえ、比較の問題であって、始まる前からの昂揚は勿論! ・・・そして、美しい!! いや揚巻の美しさは予想通りだけれど、助六の美しさは全く予想以上。しばし腑抜け状態なのでありました。(以下、後日)

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観世九皐会・十二月定例会

12月12日(日) 13:00~ 於・矢来能楽堂

(「橋弁慶」と狂言「胸突」終了後に入場。14:25~)
♪能「葛城」 シテ遠藤和久
♪仕舞「松風」 観世喜之
♪能「猩々乱」 シテ観世喜正

所用にて途中入場。「休憩は14時10分より、15分間の予定」という連絡は入っていたのだが、広尾から神楽坂までが思ったより遠くて、あわてて入ったときにはすでに「葛城」が始まっていた。すみません・・・というか、こんなにバタバタしていては基本的にダメじゃん、という感じ。
そして前日までの「京都・観劇買い物ツアー」の疲れが取れぬままで、コンディションも最悪。というわけで、予習もできてません。ダメダメ2乗なり。

で、その結果どうなるか・・・一日たってみると「葛城」に関しては何も書けない自分がいる。
仕舞「松風」の時に、舞台に漂っていた緊迫感のようなものは何だったのだろう。端正な舞いというだけではない、すごく濃くて清々しい、とでも言えばいいのかな・・・。所詮、感覚でしか捉えられない。

慌ただしくも矢来まで出かけた目的は「猩々乱」を見ることだったのである、ほんとは。猩々=酒を好み舞い戯れる少年の姿をした妖精、中国の想像上の動物、とのことで、これを見たあとで気分良くお酒を飲もうよというわけ。謡の部分は少なくて、ひたすら猩々の舞いを見る。「双之舞」の小書とやらで、同じように赤毛の二人(←人でいいのか?)の猩々が、フィギュアスケートのペアよろしく同じ動きで舞う場面に、へええと驚く。
笛がみょうに耳に残ったのだが(とても現代的とでも)、能においてそれがいいのか悪いのか、先達さんに聞いてみなくては。

終演後、神楽坂「竹兆」にて酒宴(?)。長い長い一日であった。


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2004.12.12

南座で海老蔵・助六に酔った日

12月10日(金) 「十一代目市川海老蔵襲名興行 夜の部」 16:00~ 於・京都南座

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    1泊2日の京都旅行を終えて、
    帰ってきたけれど、
    いまだに夢の中にいるように
    ボーっとしている。
    大枚はたいた席は
    2階の花道上・揚幕近くで、
    見えにくいところも
    実はあった。
    でも、そんなことはなんのその。
    海老蔵・助六に酔った一夜。
      
    1年のしめくくりに
    とてもいい思い出ができた。
    感想は後日!


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2004.12.07

“わわしい女”が揃った(?)歌舞伎座・昼の部

12月7日(火) 「十二月大歌舞伎 昼の部」 11:00~ 於・歌舞伎座

♪「八重桐廓噺 嫗山姥」
♪「身替座禅」
♪「梅ごよみ」

♪1日に切符売り場で買ったチケット。電話予約じゃなくて直接窓口で相談しながら買ったのも、3階Bというのも実は初めて。通路脇の席が好きなので、迷わず最後列・通路脇を選択したが、後ろも気にならないし正解だったと思っている。

「身替座禅」はほんとに分かりやすく面白い「松羽目物」で、しょっちゅう演じられているようだ。私は前回、吉右衛門(奥方)と富十郎(山蔭右京)で見ていたが、三津五郎と勘九郎の組み合わせは、また随分雰囲気が違うなあ、というのが素直な感想。サービス精神たっぷりの勘九郎らしく、随所に一段とコミカルな味付けがなされ、大笑いしてしまった。当然シンプルな舞台に、侍女千枝と小枝の衣裳の色合いがとても美しく、ちょっと清涼剤っぽいかも、と思った。変な所に目がいってる?

さて「梅ごよみ」。いやもうウットリ。これしかないよ。眼福眼福(笑)。あくまでノーブルで美しい玉三郎・仇吉と、ちょっとおきゃんな感じの勘九郎・米八。二人ともきっぱり威勢が良くて強い「辰巳芸者」。ほれぼれしてしまう。丹次郎役の段治郎も色男ぶりがカッコいいけど、印象が薄いのは致し方ないか。でも役名、丹次郎と半次郎って、音(オン)が似すぎてないかな。耳で聞くと一瞬、?の時も。これは席が遠すぎるからかしら。
序幕の舟がすれ違う場面など、舞台装置の面白さもあり、上の方からだとそういう全体の動きがよく見えて、こちらは楽しい。

「八重桐」は肝心の「しゃべり」が今イチ理解できてないので、できればもう一度、幕見で見たい。勿論、仇吉・米八も何度でも見たいけれど、そういうわけにも・・・。

「昼の部」は、なんだか「強い女」が前面に出てくる芝居が3本並んだ、ということかな。
勘九郎が意外と痩せていたような気がして、ちょっとびっくり。そう見えただけ? それと、3階Bは2520円だが、それでこれだけ楽しめるんだから、やはり歌舞伎ってすごい娯楽だとあらためて思った。

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2004.12.06

お久しぶりです「古典とわたし」

12月6日(月) 「古典とわたし」 19:00~ 於・紀伊國屋サザンシアター

春風亭昇太さんが二ツ目時代からやっているという「古典とわたし」。一時よく見に行っていたのだけれど、最近はとんとご無沙汰。ティルトから先行予約のハガキが来たので、15日のSWAクリエイティブツアーと一緒に予約! と思ったら、SWAの方は2時間で売り切れたそうで買えず。「古典とわたし」もいつものように満員。

♪立川談春「六尺棒」
♪昇太「替り目」「時そば」(上方の「時うどん」を蕎麦に変えた噺)・・・仲入り・・・「宿屋の富」

昇太さんが久しぶり、という以上に、談春さんはほんとに長らく聴いていなかった。相変わらずカッコイイ高座姿である。昇太、談志と一緒になった落語会での楽屋の話をマクラに、「六尺棒」へ。ネタ的にもおとなしめ、なのか、わりと淡々と進んだような気がする。以前、たい平さんが出演したとき、ネタが何だったか忘れたけれど、ドカンドカンという受け方で、それに対して、昇太さんも相当熱が入った高座だったことを思うと、今日の「古典とわたし」を象徴するような温度の低さ、だったかな? (って、並べて比べちゃいけないか)

昇太さんは「替り目」が終わったあと、高座の上で着替え(着物+羽織→別の着物+袴)。最近はこういうのも、よくやっているんだろうか。替り目の酔っぱらいといい、時そばのドジな弟分といい、はちゃめちゃな人間の「愛すべき稚気」をやらせるとほんとにうまい。でも、そういう部分部分の笑いが、大きく広がっていかない気がした。「宿屋の富」もまたしかり。手堅く(昇太さん的に)面白いんだけど、それだけって感じかなあ。
もしかしたら、本人の意識がいまは新作に向いているのかもしれない。彼自身がすっごく面白がって喋らないと、彼の古典でなくなってしまうような・・・。
このことは、来年は「古典とわたし」の回数(頻度)を減らす、ということから、逆に考えたことでもあるのだけれど。

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2004.12.04

ハコと中身の不一致?「イケニエの人」

12月4日(土) 14:30~ 大人計画「イケニエの人」 於・世田谷パブリックシアター

松尾スズキの作・演出で、阿部サダヲやクドカンほか大人計画総出演の芝居が、パブリックシアターに登場! ということで、チケット争奪戦も厳しかったのでは。私もSePT先行予約にはあっけなく敗れ、なんとかイープラスで確保。S席なのに2階の3列目だ、とガッカリしていたけれど、ちょうど舞台の真正面で通路脇、座席自体がかなりな階段状なのでとても見やすくてよかった。観客は若い人がほとんどでした、やっぱり。

しかし、芝居に関してはあまり書くことがない・・・。少し前に見た「赤鬼」は、見終わってから考えることがありすぎて、やや私の手に余るがゆえに、書けなかったのだけれど、これはそういうわけではなくて、うーん、ストーリーがよくわからない。それならそれで、ギャグ満載で笑いのめされるとかならまだしも、そうでもなくて。ゆえに、2時間余りの上演時間がとても長く感じられた。

後から思うに、これがパブリックシアターじゃなくてもっと小さな劇場ならば、役者の濃さとも相まってかなり濃密なものになって、印象もまた違ったのでは、ということ。この芝居にとっては「ハコ」が大きすぎ&お上品すぎたような気がしている。全くの偏見かもしれないけど。が、役者さんはほんとにそれぞれ個性的で面白かった。特に誰、と挙げられないくらい。←これにも問題アリか?
劇中で、東北旧石器文化研究所の事件がパロられていたことが、私にとってのツボだったかなあ。

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2004.12.02

喬太郎「一日警察署長」に大爆笑

12月1日(水) 「池袋演芸場 夜の部」 17:00~(16:30ごろ入場)

♪前座(さん作)子ほめ 、喬四郎「かぐや姫?」、紫文・粋曲、月の家鏡太「桃太郎」、さん光「寄合酒」、アサダ二世・奇術、三太楼「看板のピン」、市馬「あくび指南」、笑組・漫才、喬太郎「一日警察署長」・・・仲入り・・・権太楼「笠碁」、さん喬「井戸の茶碗」

♪仕事もなんとか片づいて、暢気な代休の一日。まずは歌舞伎座へチケットを受け取りに。これは楽日の「夜の部」の分だが、新たに「昼の部」も買い足す。ただし3階Bの最後列、しかも平日←ほんとに休みがとれるのか。その後、広尾に回って、洗い張りと仕立て直しのできた「四半世紀前の着物」を受け取る。人間もこんな風に綺麗になるといいのに! しかし支払いには苦しむ。悪事に走りかねない(苦笑)。

♪さ、肝心の落語。私にとっては三太楼→市馬→喬太郎のところが一番面白かった。仲入りで帰るかどうしようか迷って、結局最後までいたのだけれど、へとへとの身には体力的につらかった。権太楼さんがもっと大爆笑の噺だったら、また違ったかもしれない・・・?
それにしても喬太郎さんって、いったいどういう人なの!?と大笑いしつつ思う。やっと「一日署長」が聴けたのだが、屋形船ジャックをした犯人が噺家・柳亭市馬で、それを説得に行くのがまず三太楼。しかし鈴本のトリがあるからといなくなってしまい(ほんとに彼は池袋の高座のあと、トリをとっている鈴本へ行った)、次に喬太郎が行くという展開に。一日署長のアイドルが、なぜか「ホテトル音頭」とアンサーソングのナントカ小唄を歌っちゃうし。めちゃくちゃなのにおかしくて仕方ない。

偶然、白鳥、喬太郎という新作の実力者の噺を続けて聴くことになった。想像力を自由に働かせて、でも屈折も十分に織り込んで、聴いている私に「鮮明なイメージ」を届けてくれた。たった一人の高座から、自分の頭の中にくっきり画が浮かび上がる面白さは、古典も新作も変わらない。そうか、私はその画をいつだって綺麗に描きたいと思っているのかもしれない。画は大作だったり小品だったりするのだけれど。

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