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2005年5月

2005.05.31

皐月さよなら、水無月の涙雨

相変わらずタイトルには何の意味もありません。

今月印象に残ったのは、やはり「メディア」だろうか。ほんとにあの蓮池の舞台は美しかった。・・・にしても蜷川幸雄さんは働きすぎ?? 私は特に演出家・蜷川のファンというのではないのだけれど、7月の歌舞伎座「十二夜」ははずせない。菊之助くんなんだし。そしてシアターコクーン「天保十二年のシェイクスピア」(9月~10月)にも興味津々。すごい豪華出演者=よい値段(*_*) 井上ひさし遅筆堂・作というのが不安かも。

3ヶ月で30万人動員とやら。勘三郎襲名披露興行は大成功だったのでしょう。え~、私はその中の、6/30万、ということは1/5万、ですか。えっ、約分に何の意味があるのかって? さて。
いろいろ意見はあるのだろうが、「野田版 研辰の討たれ」は面白く、また印象に残る舞台であったことは間違いない。新しい試みに対しては、きちんと見た上で、自分なりの判断をしたいなあと思う。あ、判断といっても、私の場合、所詮「感覚的」なもの。自分の意見は・・・ないかもしれないけど、自分の感覚はあるよ、と(言いたい)。

6月は久しぶりに吉右衛門丈を拝見、と思っていたのに、諸般の事情で見にいけない可能性大。歌舞伎というのは、ほぼ一日つぶれる、と言っても過言ではないので、時間的に厳しい(*平日見る場合、昼の部にしても夜の部にしても仕事を休むしかない)。だから余計に、コクーン歌舞伎や、8月の納涼歌舞伎の時間設定がありがたいとも言える。さてコクーン、福助・桜姫はいかに?
国本武春さんの浪曲、幸田弘子さんの朗読、住大夫・一巴太夫の両人間国宝による義太夫・常磐津、という具合に、なんとなく「かたり」を楽しむラインナップの6月となっている。
すでに(校了日を読み違えて)、25日・26日の落語会は行けなくなってしまったので、この上、キャンセルなんてことにならないよう、平和な日々を願っておこう。

6月1日を期して、紫陽花色に衣更えしてみました。

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2005.05.27

義経2題?「青菜」と「猫忠」

5月25日(水) 「第17回 スケすけイチバ」 18:30~ 於・池袋演芸場

(前座・生ねん)市馬・青菜、蔵之助・錦の袈裟--仲入り--玉の輔・死神、市馬・猫忠

年4回のこの会、いつも必ず25日前後だから、仕事の忙しい時が多くて滅多に行けない。今回は珍しく大丈夫だったので、14日のミックス寄席で前売り券を買っていた。私にしては早い時間に到着した(6時15分くらい)のに、すでに空いている席を探すのが大変、という状態。「ここ空いてるわよ」という声に助けられた(しかし出入りしにくい場所だから、仲入りでもずっと座り続ける羽目に=左右誰も立たないんだもん。ふぅ~)

さて、開演前にすぐ後ろの席のおじさま(おじいさま)たちが、昔の池袋演芸場の話をされていた。ビルの3階(?)にあって、下足箱云々・・・市馬師匠が登場して、おや、マクラではその昔の演芸場のあれやこれや。そして演芸場の古いエアコンの話から、「植木屋さん、ごせいが出ますね」。やった! 「青菜」だ。これって初夏というよりは盛夏の噺なのだっけ? お屋敷の庭先の緑(松やなんか)が頭に浮かび、今の季節にピッタリだなあと思う。お屋敷のキッチリした感じと、植木屋のゴチャゴチャした雰囲気が後々まで印象的。ところで下らない話題2つ。
・数年前の小三治独演会(鈴本)、客からの質問コーナーで「青菜とは具体的に何?」というのがあったのが忘れられない。勿論、「何でしょうねぇ」という答えだったけど、確かに暑い盛りの青菜とは、さて何でしょう。
・植木屋さんは、大阪の「柳かげ」というお酒をご馳走になるんだけど、江戸では「直し」=みりん? 毎週金曜日に届く宅配食材に、三州柳かげ、というのがあって気になっている。注文して飲んでみようか。あ、勿論、料理用に買うのです(笑)。

蔵之助さん、与太郎の感じがピタッとはまっていて楽しい噺だったと思う。逆に玉の輔さんの「死神」は、ピンポイントのくすぐりで笑いは取れても、どうかなあ。ちなみに呪文は「あじゃらかもくれんピアノマン・・・」。

そして今日の楽しみは「猫忠」。町内の職人衆が美人のお師匠さんの所へ(芸そっちのけで)通うのと、「義経千本桜 四の切」パロディが合体した噺で、2年前に初めて聴いた時、「こんな噺があるのか!」とたいそう驚いたのだった。場面としては、・お師匠さんと偽のアニさんのイチャイチャぶり(をのぞき見る2人) ・注進に出かけたアニさんの家での遣り取り ・偽者の正体がばれる→猫の独白 になると思うが、中ではやはり当然「猫」がむずかしいのかなぁ。手つきとかは猫なんだけど、あんまり猫って思えないんだよね。師匠がでかいから? 初音の三味(線)に、もっと執着してもいいような気もするし。

ちなみに前回聴いたときは、浅草歌舞伎で獅童の狐忠信を見た→「猫忠」を聞いた→師匠を囲んでの谷中遊覧(町のあちこちに猫が)で、とても印象的だったのだが、今回は歌舞伎座で菊五郎の狐忠信を見た→(師匠ファンの集いで)日本橋・人形町遊覧に行った→「猫忠」。なんだか不思議な巡り合わせ。

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2005.05.22

「時代物」も「世話物」も満足、の文楽・千秋楽

5月22日(日) 「文楽公演 第2部」 16:30~ 於・国立劇場小劇場

伽羅先代萩」 竹の間の段、御殿の段、床下の段
 竹本住大夫、豊竹咲大夫/野澤錦糸、鶴澤燕二郎 ほか
 吉田簑助(乳人政岡)、吉田文吾(八汐)、吉田和生(沖の井)ほか
桂川連理柵」 六角堂の段、帯屋の段、道行朧の桂川
 豊竹嶋大夫、竹本千歳大夫/鶴澤清介、鶴澤清治 ほか
 吉田文雀(お半)、桐竹紋寿(お絹)、桐竹勘十郎(儀兵衛)ほか

今日の席は前方右。すなわち床の近くなので、やっぱり迫力があってよかった。美しい見台や、人によって違う床本(表紙)なども少しだけチェック。

文楽で「先代萩」を見るのは初めて。・・・って、歌舞伎だって、そんなに覚えちゃいないんだけど、大鼠のことばっかり思ってたら、雀やら狆も出てくるのでした。鼠は人間が演じるのね~。御殿の段の切が住大夫さん。ずん、と響いてくるようなお声を堪能した。でも、情感たっぷりの語りの中で、政岡が嘆き泣く場面では、私は正直言って拍手するよりも、ずーっとそこに浸っていたかったな。そう思うことが二度ばかりあった。
(というのは玉三郎「鷺娘」でも少し思ったことだった。勿論、めちゃくちゃ拍手しちゃうんだけど、んな早くから手を叩くんじゃなくて、しばらく放心していたい、みたいな気持ち)

「桂川連理柵」は歌舞伎でも見ていない(と思う)。六角堂は昨年末たまたま行っていたので、おやまあというところ。このごろ文楽にはまっている落語仲間が「嶋大夫さんがいいのよ!」と力説していたのだが、実際に見て聞いて、よくわかった。帯屋の段、登場人物も多くて、コミカルな場面がいっぱいのところ、何回笑ったかわからない。役者を例に出すのは間違ってるとは思うが、敢えて言えば勘三郎の芝居のような、サービス精神たっぷりで、多少あざとさも感じるような義太夫と語っている姿であった。帯屋の段は、文楽を全く初めて見る人にもとても面白くていいんでは。「奥」は、千歳大夫さん。床近くにいたばっかりに、ちょっと苦手かも、と思ってしまった。この時の三味線の雰囲気がとても好き。
最後の道行では、三味線5挺で迫力(「冥途の飛脚」の道行も同じだったのに、それほど感じなかったのは、ただひたすら場所のせいでしょう)。先日も「おや!?」と注目した呂勢大夫さんのつやのある高音。ちょっと珍しくないですか?

お土産は住大夫さんのCD「艶容女舞衣 酒屋の段」。来月、義太夫・常磐津の会でこれを聴く予定なので。

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2005.05.21

ややこしや~(観) ややこしや~(呑)♪

5月20日(金) 「まちがいの狂言」 19:00~ 於・世田谷パブリックシアター

syoutyuu


作/高橋康也(シェイクスピア「間違いの喜劇」より)
演出/野村萬斎
キャスト/万作(白草の直介)、万之介(庵主ほか)、萬斎(太郎冠者)、石田幸雄(石之介)ほか

パブリックシアターでは3回目の上演となる「まちがいの狂言」だが、なんと観るのは初めて。前回チケットが取れず、今日も3階席。でも、ここの3階席は見やすいよ!

開演15分くらい前に席につくと、すでに客席のあちこちには黒ずくめの「ややこし隊」が見える。3階には来ないと思ったていたがちゃんと来て、しかも通路から奥まったところまでも入って「ややこしや~」と遊んでいる。いつのまにか開演となると、その人たちが舞台に集合していて、写真や携帯電話の注意もパフォーマンスとしておもしろくやっていた。

ストーリーの説明はちょっと難しいのだが、要は、2組の双子すなわち主人(白草の石之介/黒草の石之介)と使用人(白草の太郎冠者/黒草の太郎冠者)が、互いに入れ違っているのを知らず、とんちんかんが生じる、ということ・・・かな。場所は黒草なので、こちらの石之介には妻とその妹がいて、余計ややこしい。

3階から見下ろすと、舞台のシンプルな美しさがとてもよくわかる。中央の能舞台サイズの空間は白木の床だが、その左右は下手側が黒い床に黒い幕、上手側が白い床に白い幕←黒草の人は黒い幕からしか出入りしないんだそう。真ん中の大きな幕のデザインも含めて、すがすがしくてとてもよかった。

基本的にはやはり狂言だから、謡や舞の要素、言葉遊びなどもふんだん。でも、エッセンスを抽出していくのが能や狂言なのかな、と・・・。そのリズム感のようなものが、心地よい。
今日は左右に英語字幕つき。そして、夜の公演だから子どもは少なかったけど、土日は危険という噂も。

帰りに地元の居酒屋に寄ったら、なんと隣のグループのカウンターに「ややこしや」という黒いボトルが出ていて、あまりの偶然にびっくり。こんな焼酎があるなんて知らなかった!!
(飲んではいません、念のため)


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2005.05.19

襲名興行(東京)も、これでオシマイ

5月19日(木) 「五月大歌舞伎 昼の部」 11:00~ 於・歌舞伎座

「菅原伝授手習鑑 車引」 海老蔵(松王丸)、勘太郎(梅王丸)、七之助(桜丸)、左團次(時平)
芋掘長者」 三津五郎、橋之助、亀治郎ほか
「弥栄芝居賑 中村座芝居前
髪結新三」 勘三郎(新三)、三津五郎(手代忠七/家主長兵衛)、富十郎(弥太五郎源七)ほか

3ヶ月にわたった勘三郎襲名披露興行、結局のところ私は3月の昼の部に行かなかっただけで、まあよく通いました(散財しました)。これにはweb松竹の存在も大きい。今日の切符などは、先週のとある昼下がり、運転免許試験場前のバス停で、携帯からアクセスして取ったものだった(安い切符には滅多に出くわさないのでラッキー!)

昼の部の演目は、それぞれあまり肩が凝らずにゆったりと見られるようなもの、かな。「車引」の勘太郎、「芋掘長者」の亀治郎あたりが、みずみずしい!という印象。
「芝居前」は口上に代わるもので、なかなか楽しかった。先月の口上にはそれほどの感慨はなかったので(テレビで見ていたからか、あるいは席が遠かったからかもしれない。海老蔵の口上を南座で見たときにはちょっと震えるようだったけど)、いっそこういう芝居仕立てのほうがいいなあ。男伊達、女伊達の皆々様が、ずらり両花道に並んで、3階の私の所からは菊五郎と玉三郎くらいしか見えなかったけど、声を聞いてるだけでもワクワク。華やかなのがよいわ~。

ここまではどれも30分程度の短いもので、「髪結新三」は長丁場。外題は「梅雨小袖昔八丈」というのだが、これを見れば白子屋お熊(菊之助)が黄八丈を着ているのがわかるというもの。ホトトギスが鳴いたり初鰹を購ったり季節感もたっぷり。勘三郎と三津五郎(家主)のやりとりが面白かったなぁ(・・・というくらい)。とちゅう少し退屈してしまった。
ところで「髪結新三」は2年前に見たことをすっかり忘れていた。見ているうちにちょっとずつ記憶が甦ってくるのがおかしい。でも、まるで初めて見るかのように新鮮だから、忘れることは悪いことではない、ということにしておいてね!

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2005.05.18

ふしぎな歌舞伎評

5月18日付朝日新聞夕刊・歌舞伎評

 夕刊を読む楽しみは、各種演劇評や連載エッセイを読むことにある。が、それにしても、今日の「勘三郎襲名披露 五月大歌舞伎」の評には、驚いた。なにしろ見出しが「社会の仕組みを突く『研辰』」なんだから、そこからもうビックリしてしまった。
 いや、キミが無知だから、と言われればそれまでなんだけど、フランス現代思想・ポスト構造主義、だの、ドゥルーズとガタリの共著だの、挙げ句の果てに全共闘までも持ち出して語るようなものなんですか、研辰は。う~ん・・・。お願いだから、もっと民草にわかる言葉で、面白かった/面白くなかった、を伝えてくれないかな。

 たくさんお勉強したり、ものを知ったりすることの行き着く先に、こういう見方があるのだとしたら、永遠に「アハハ」と言ってるだけでいいよ私は、と思ってしまいました。職業としての劇評の不幸?

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人の悩みは2500年間、不変?-メディアに思う

5月17日(火) 「メディア」 19:00~ 於・シアターコクーン

作/エウリピデス 翻訳/山形治江
演出/蜷川幸雄
キャスト/大竹しのぶ(メディア)、生瀬勝久(イアソン)、吉田鋼太郎(クレオン) ほか

いやはや、とても美しい舞台装置であった。ほぼ全ての演技は、水の張ってある蓮池(くるぶしくらいまでの深さと思われる)の中で行われる。池には緑色の大きな蓮の葉とピンクの花がたくさん。そして、後ろの「く」の字形の階段を上り、扉を開けて館の中へ、という構造である。
この、扉-階段-広場という構造は、昨年の「オイディプス王」を思い起こさせる。そして「オイディプス王」では男性のコロスであったのに対し、「メディア」は赤い衣裳を着て赤ん坊を背負った女性のコロス・・・など、様々な部分で、否応なく両者の対比に思いを致すことになる。(小道具類も含めて、荒涼・無機的イメージのオイディプスと、豊饒な母性イメージのメディアといった具合)

私の中では、あくまでも「神話」の話だった「オイディプス王」と違い、「メディア」が示すものは、夫婦間の愛情であり嫉妬であり、それがゆえに子殺しにまで至る母親の「愛情」である。あるいは、2500年たっても本質は変わってないのか、と思えるような社会の中の「女」の問題でもある。

火のように激しくかつ賢い女であり、子どもへの愛情溢れる優しい母でもあるメディアに相応しいのは、確かに大竹しのぶのほかにはいないかもしれない。早口でも聞き取りやすい台詞だけど、私にはちょっと早すぎる感が。そして意外にも生瀬勝久の優しく甘い(けれど冷たい?)声が、大竹しのぶの硬質な声と表裏一体をなしているふうで、妙に「ほっ」とする部分もあった。ただし、最後に「空飛ぶ竜車」にメディアが死んだ子どもたちと一緒に乗って出てくる場面では、2段階くらい力不足ではなかったかなぁ。
今回、終盤に舞台の後方を開けて渋谷の雑踏を見せた意図が、その場ではしっくりこなかった(後からはいろいろ考えるけれど)。

館への扉に通じる階段で、メディアは嘆いたり苦しんだり放心したりするのだけれど、子どもを殺すことを決心したあと、まっすぐ階段を上っていく姿が、その決意のかたさを現してあまりあるものだった。心の中を、全身で表現するとはこういうことか、と思ったのだった。

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2005.05.15

今週のトリは「木乃伊とり」

5月14日(土) 「ミックス寄席 市馬・談春二人会」 18:00~ 於・お江戸日本橋亭

談春・三軒長屋(上)、市馬・将棋の殿様--仲入り
談春・三軒長屋(下)、市馬・木乃伊とり

この1週間、日曜の能に始まって、歌舞伎、文楽ときて、最後に落語とは我ながらあきれるほど。自分の「記憶保存装置」としてのこのブログを、後年振り返ったならば、「いつ見に行けなくなるか」という強迫観念に支配されていた日々、と笑えるのかもしれない。ま、それはオーバーだけど、「いま」「見られるときに」見ておこう、という意識は確かにある。

さて、この二人会は、古典をきっちり演じることで定評のある、そして誰もが認める(?)上り坂の二人、しかもある意味異色の組み合わせということで、チケットは完売。私は下に書いたように、半蔵門からまっすぐお江戸日本橋亭をめざし、開場(5時)15分前には到着していた。すっごい意気込みに見えるけど、そんなタイプじゃないのはわかりますね。単に時間が半端だったので・・・。開演30分前にはほぼ席は埋まっていたっけ。前座はどなたでしょうね、などと話していたら、
幕があくといきなり談春さんの登場! マクラでは、志らくとよく間違われている、という話(=志らくさんは著書でいろいろ物議をかもすようなことも書いているらしく) などを。そしてプログラムでは談春-市馬、市馬-談春となっているけど、そうではなくて仲入りの前後、同じ順番で、自分は「三軒長屋」を上下に分けてやりますと宣言してから、噺に入っていった。
「三軒長屋」って、こんな噺だったかと思うようなディテールたっぷりで、しかもかしらの女房をはじめ、人物もくっきり。噺の中で客とのキャッチボールというか説明を加えたりするのが、ものすごくうまいなぁと、あたらめて思ったのだった。そのたっぷりの「上」から、仲入り後の「下」は、あっさりと。「こういう人に落語協会に来て貰いたい」という市馬師匠の言は、あながちお世辞でもないような。

市馬師匠も、たっぷりの「三軒長屋」を「将棋の殿様」で受けておいて「木乃伊とり」へ、というわけで、寄席の流れとはまた違う、演目の妙があったのかも・・・。やっぱりこの噺は、飯炊きのせいぞうに尽きるので、まっすぐで純朴かつ正論のせいぞうが、目に浮かぶようだった。なのに全くしょうがないねぇ、男って。酒の力って。

ところで15日付朝日新聞「亀和田武のマガジンウォッチ」で、取り上げられ表紙が写っている「en-taxi」。その表紙の人こそ談春さんで、しかもこの二人会には、談春贔屓の福田和也大先生(勿論皮肉)が来ていたのだった。 

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今日は人形に注目! の「冥途の飛脚」

5月14日(土) 「文楽公演 第1部(途中から)」 13:25~ 於・国立劇場小劇場

(「近江源氏先陣館」)
冥途の飛脚 」 淡路町の段、封印切の段、道行相合かご
 竹本津駒大夫、竹本綱大夫/鶴澤寛治、鶴澤清二郎 ほか
 玉男・亀屋忠兵衛、 簑助・遊女梅川、桐竹勘十郎・忠兵衛(道行) ほか

先週来の疲れが「鷺娘」「研辰」で吹っ飛んだ、と思ったのはやはり一時的なものでした・・・。11時開演の文楽に間に合うように家を出るのが叶わず、劇場に電話して時間を尋ねた上で、「冥途の飛脚」のみ見ることに決定。そう決まると、余裕ができて晩ご飯のシチューを作ったりした結果、やっぱりギリギリじゃん(=ただのアホ)。

前回、文楽を見たときには、ひたすら住大夫さん! という感じだったと思うのだが、今回は人形の動きにいちいち反応してしまった。
強く印象に残っているのは、遊女梅川=簑助。八右衛門が忠兵衛をあしざまに言うのを2階で聞いて身体を震わせ泣く姿をはじめ、情感のこまやかさに引きこまれた。また、忠兵衛がお屋敷への三百両を手に家を出たものの、梅川のもとへ行こうかどうしようか、さんざん迷う場面なども、やはり人形ならでは、だなあと思う。同じことを役者がやったなら、コミカルなだけで終わるに違いない。

何度も見ていると、大夫さんの好き嫌いなども出てくるのだろうか。今日は義太夫/三味線には、それほどの感慨を持てなかったかもしれない・・・単に、「見る」のと「聞く」のが同時に同じ比重でできないだけ?

終演後は、なんと現金を殆ど持って出なかったことに気がついて、勝手知ったる半蔵門界隈(?)、麹町まで戻ってお金をおろし、一元屋の「きんつば」を買った後、また半蔵門駅から日本橋へ向かったのであった。夜は落語なのでした!


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2005.05.12

「鷺娘」に魂をぬかれました(笑)

5月12日(木) 「五月大歌舞伎 夜の部」 16:40~ 於・歌舞伎座

「義経千本桜 川連法眼館の場」 菊五郎(佐藤忠信/源九郎狐)、菊之助(静御前)、海老蔵(義経)、左團次(法眼)ほか
鷺娘」 玉三郎
「野田版 研辰の討たれ」 勘三郎、三津五郎、染五郎、勘太郎、福助 ほか

かなりラッキーなことに、今までになくいい席が入手できたので、ウキウキと・・・? ならいいのだけれど、連休疲れ(ただし遊びにあらず、しいて言えば介護方面)を引きずっていて、やや足取りが重かった。
ゆえに、久しぶりの菊之助くんにも、ややぼーっとしていた。菊五郎丈の安定感のある芝居と、身体能力には驚くばかり。ちょこっとしか出なかったけど團蔵さんは、やはり好きだなぁ。

で、この疲れが「鷺娘」で、吹っ飛んだのでありました。実際にこの踊りを観るのは初めて。篠山紀信撮影の短いDVDはあるのだけれど、現実に圧倒されました! 今まで常に「踊りはパス」と書いてきたけど、そんな私でさえも、もう引きこまれてしまった。かなり演劇的、というか、感情移入! 鷺の姿で、天に消えていきそうな気がした。

「研辰」は、勘三郎の芸達者は勿論だが、若者たちがみな美しくカッコいい。そして、いかにも野田さん、というあれやこれや・・・。文句なしに楽しめた。やはり同じ野田さんのでも「鼠小僧」より遙かにいいなあ。群集心理、時代風潮の怖さとでもいおうか、妙にそんなものが心に残って、そういう意味では歌舞伎を観たんじゃないみたい。

さすがに東京での襲名興行も最終月。満足満足の演目なのでした。


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2005.05.09

能で季節を楽しむ

5月8日(日) 「観世九皐会 五月定例会」 13:00~ 於・矢来能楽堂

「杜若」 シテ弘田裕一 ワキ舘田善博
狂言「鴈礫」 善竹十郎、善竹富太郎、野島伸仁
仕舞「養老」「草子洗小町」「善知鳥」
「大江山」 シテ駒瀬直也 ワキ森常好 ワキツレ舘田善博 アイ善竹十郎・善竹大二郎

今日も今日とて、ぎりぎり遅刻寸前。牛込神楽坂の駅から5分くらいで坂をかけのぼった。こんなのって、そもそも能を見るのに相応しくないぞ。

「杜若」は題からして、この季節にピッタリ。例の業平の歌「からころも きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞおもう」が謡われる。シテは杜若の精なのである。面がとても気品があって、好きだなあ。帰宅後調べたところ、「孫次郎」という面なんだって*(追記)。そして、シテは中入りで橋掛かりから引っ込むのではなくて、舞台上で衣裳を替える(ちょうど歌舞伎で、客に背を向けて座ると「いないもの」になるのと同様)。ゆえに、アイ狂言はナシ。後シテが身につける装束は、業平菱の長絹に、杜若の縫箔だが、杜若だよね?というくらいにしか見えない(長絹が隠してる)のがまた風情? お囃子のことは全く分からないけど、小鼓がボンヤリした音で、大鼓は時としてうるさかった気がする。

「鴈礫」はほんと大笑いした。善竹十郎さんが、いいキャラクター!!

「大江山」は言わずと知れた鬼退治の話。源頼光以下、山伏姿の人が6人も出てくるし、アイ狂言も2人でストーリー性充分。そして後半の退治の場面なども、組み合ったりして、イメージよりもずいぶん派手な能、と感じたのでした。とはいえ、前半ちょこっとzzz(苦笑)。

【追記】面が孫次郎というのは、違うみたい。金剛流だと孫次郎のようですが、観世流なので。面や装束の写真を撮らせてほしいなぁ。そういえば事前にレクチャーの会があったっけか?

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2005.05.07

欠伸しながら仕事して、いそいそ黒門亭へ

5月6日(金) 「黒門亭 夜の部」 18:30~ 於・黒門亭(落語協会2階)

玉の輔・宮戸川、さん福・だくだく、市馬・茗荷宿屋

情報不足を痛感したのだが、今月から黒門亭・夜の部は6時半開演(今までは6時)、そしてトリの市馬師匠はネタ出しされていたのだ。どうせなら7日の「船徳」の方がよかった? と一瞬思いはしたけれど、いや「船徳」は聴く機会も多いし、と、前座さんの「やかん」をBGMに、チラシを睨みつつあれこれ思いをめぐらす。
何しろ、大遅刻を覚悟して入ったら、まだ前座さんがやってる最中で、???だったのでした。

玉の輔さんは、TVなんかでも女性に人気が出そうなタイプ、と、いつも思う。噺も達者だし。いろ~んな意味で「小朝さんの弟子」だもんねという感想。「宮戸川」は似合ってる。
さん福師(敬称を、「さん」と使い分けているのではない)は、以前、市馬師匠が池袋の昼トリだった時に、二度ばかり聞いたことがある。今日は、タイトルだけは知っていたけど全く初めての「だくだく」が聞けてよかった。一体なんという噺?とずっと思っていて、サゲで「ああ、そうなのか」と。途中で池袋を思い出したのだけど、癖なのか、上下を切るのとは別に、一定の場所に視線が止まるのが妙に気になる。

「茗荷宿屋」は、あまりポピュラーな噺ではないようで、ネタ出しの落語会でもこの題を見ることはほとんどない。私は2年前?の「武骨派」以来2度目。茗荷の旬は、もうちょっと後かな。夏に爽やかさをくれる、という記憶が。
脇本陣を張っていた宿屋なのに立ちゆかず、宿場のハズレで営業する亭主と、雨に降られて仕方なく泊まることにした客との遣り取りがおかしい。まあ根本的に、客相手の受け答えができなくて落ちぶれたのに、どうしてずっと宿屋をするかなあ、という現代的(?)疑問もわくけどね。

ちょっと気がふさぐこともあって、こんな時の落語は何よりの特効薬、という部分と、この宿屋の亭主に現実を思い起こす部分(「ものの言い方を考えなさいよ、子どもじゃないんだから」と言いたいような)もあって、不思議に印象的な黒門亭でした。

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2005.05.01

しらぬ間に4月が過ぎて、5月ゴクラクらんらんらん

↑というわけで、意味なく浮かれるゴールデンウィークのまっただ中、4月のおさらい、5月の展望。

相変わらず、歌舞伎強化月間が続いている気配。とはいえ、そろそろ終息に向かうか、というところ(懐具合もかんがみて、5月夜の部を1枚、友人に売ってしまった)。
4月は前半にはかなり落語を聴いたのだが、下席で予定していた鈴本演芸場に全く行けなかったのが誤算であった。特に行こうと思えば行けた日に、「明日でいいや」と思ったばっかりに、「七段目」を聞き逃す羽目になり、その上翌日は仕事が長引き結局行けなかったのだから、悔やまれる。やっぱり「明日」をアテにしてはいけない!

なかなかノンビリ(予め予定を立てずに)、映画館や美術館へ、という生活が難しいのだけれど、あんまり時間や予定に追われずに、そんなことが自然にできたらいいな、と思っている。演劇や歌舞伎なども、その気になれば「当日券」で入れるのに、並ぶのは絶対イヤだ、と思うと、つい頑張ってチケットを確保してしまうのだ。挙げ句に当日、力つきて行けなかったりすることも、ままあるしなぁ。

さて、5月は・・・文楽ですねぇ。歌舞伎とのリンクという面からは、第1部の「盛綱陣屋」「封印切」がはずせない(どちらも今年に入ってから歌舞伎で観ている)し、住大夫さんご出演は第2部だし、というわけで、今回は両方行く予定。あとは、「怖いもの見たさ」に近い大竹しのぶ「メディア」。語弊のある書き方だけど、私は彼女の舞台を見るには多大のエネルギーを必要とするので、なかなか見に行く決心がつかないので。好きなのに嫌い、という複雑な心境。


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