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2005.06.09

刺激的かつ理知的な、朗読・辻邦生の世界

6月9日(木) 「幸田弘子の夕べ 辻邦生を偲んで」 19:00~ 於・紀尾井中ホール

・朗読「アネモネ」(サティ「グノシェンヌ」)--休憩--(フォーレ「レクイエム」演奏:辻邦生を偲んで)

・朗読「薔薇」(フォーレ「レクイエム」)

辻邦生の七回忌を前に、クラシックの名曲にインスピレーションを得た彼の作品集『楽興の時 十二章』から、2編を幸田弘子の朗読で聴く(しかも生演奏付き)、という大変に贅沢な一夜。いくつかの幸運な偶然が重なり、20年以上朗読ボランティアをしている母親と一緒に出かける。

会場には、当然というべきか、中高年の女性の姿が目立つ。が、昼夜2回公演の夜の部ということもあって、意外なほどに60前後の男性(自由業とか大学教授ふう)も目についた。

私は今日の短編は全く読んだことがなくて(というよりも、辻邦生の作品自体、ちゃんと読んだのは江戸時代の絵師の物語のみ)、こんなんで聴いて大丈夫かしら、と思っていたのだが、それは全く杞憂であった。サティのよく知られたピアノ曲から始まる「アネモネ」と、やさしいソプラノが入る「薔薇」の、どちらも、まるで映画を観ているかのように彼の世界を頭に描くことができた。

生の音(管、弦、ピアノ、オルガンなど8人+ソプラノ、そして指揮者)と、マイクを使わない生の声が紡ぎ出す、ほんとにゆったり心地よく流れる贅沢な時間! そして、的確に届くこの言葉の力はなんなのだろう。あくまで理性的な「読み」の上にのみ成り立つ世界なのかもしれない。

2編ともに、終盤近くに一瞬涙ぐみそうになる場面があったのは、原作の完成度ゆえだろうか。そして、2本の黄色い薔薇が象徴する、レクイエムから現実の希望への鮮やかな結末は、「辻邦生を偲んで」と銘打たれた会に、相応しいものであったと思う。朗読というものの奥深さや、辻邦生の魅力に、「情」ではなくて「理」の部分が静かに深く反応しているような不思議な感覚が残っている。

*紀尾井ホールに行く前に、半蔵門の「ドーカン」に寄って、ワッフルを久しぶりに食す。丁寧に作られた ほんとに「幸せな味」で、これが「幸田弘子の夕べ」の前奏曲に相当したのではないか、と帰宅後に思ったのだった。

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