« 歌舞伎座にて、「決戦・壇ノ浦」後! | トップページ | 十三世 片岡仁左衛門をスクリーンで »

2005.09.11

「敦」について思うこと

9月9日、世田谷パブリックシアターで観た「敦」。当日、ロビーでは原作本のほかに、いろいろな雑誌も売られてました。
sh0069.jpgその中の1冊、劇場のための理論誌「SPT 02」の画像(携帯カメラ)。

 今回の特集は「演出の冒険~表現の新しい地平」で、やはり豪華な執筆陣! とはいえ、まだパラパラしただけで、読んでませんが。「敦」の上演台本も載っていて、ちょっと目についたことは・・・(重箱のスミ)。中島敦の経歴を紹介する冒頭のナレーション部分、その最後に、台本では「享年三十三」となっているけれど、舞台ではきちんと「享年三十三」であった。こんなことをつい耳でも目でもチェックするのは、まさに職業病ですからぁ(泣)。

 「敦」のうち、「名人伝」ではスクリーンに、ストーリーに沿って適宜、文字が映し出された。たとえば、主人公・紀昌が「虱」をつかまえて吊し、目の訓練をする、というときには「虱」の文字が映る。鍛錬の成果で、だんだん大きく見えるようになると、スクリーン上の「虱」の文字も大きくなり、最後に虱の真ん中を射抜くときには「虱」という字の中心が抜かれる、というように。或いは雁が渡るとき、百本の矢の速射のとき・・・それぞれ「雁」「矢」の文字が渡ったり連なったりする。面白いんだけど、妙に違和感が残ってしまう。それを私は、当日の感想の中で「想像力からはどうか」というふうに書いたのだった。私の個人的な「文字への過剰反応」ゆえなのか、ある程度一般化できるものなのか、少し考えてみたい。

 そして、出演者が万作一門のみだったことも、次があるなら考えてほしいな、と思ったりしている。

|

« 歌舞伎座にて、「決戦・壇ノ浦」後! | トップページ | 十三世 片岡仁左衛門をスクリーンで »

演劇」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 歌舞伎座にて、「決戦・壇ノ浦」後! | トップページ | 十三世 片岡仁左衛門をスクリーンで »