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2005.11.02

「内心の自由」とポピュリズム

10月30日(日) 「歌わせたい男たち」 14:00~ 於・ベニサン・ピット

作・演出/永井愛 キャスト/戸田恵子(仲ミチル:音楽講師)、大谷亮介(校長)、小山萌子(養護教諭)、中上雅巳(英語教師)、近藤芳正(社会科教師)

 前々から楽しみにしていた二兎社の芝居である。変ないきさつから強引に息子を連れだして二人で並んで見る。この状況は世田谷パブリックシアターの「エレファント・バニッシュ」以来、久しぶり。芝居のテーマ(教育現場における日の丸・君が代)は、決して嫌いじゃないはず、と踏んでのことであるが、じっさいに今春、高校の卒業式を経験しているから、都立高校のことは知らなくても、とても身近な気がした。

 場所は都立高校の保健室。卒業式当日、式の2時間前。ミス・タッチとあだ名されているらしい音楽講師(元シャンソン歌手。ピアノが苦手のよう)が主人公である。

 この音楽教師は、国歌伴奏で悩んで病気になってしまった前任者の代わりに講師となったのだが、それらの事情を知らず、もちろん「国歌」をめぐる諸問題(教育委員会の圧力など)も知らない。校長や養護教諭らが、いろんなネタにからめて説明してくれるので・・・客席でも「そんなことになっているのか」と納得する次第。

 あちこちに笑いの要素がちりばめてあるから、アハハと笑っちゃうんだけど、「処分」をめぐる葛藤など、笑ってられない話で、じっさいに近くの席からは「見てるのがつらいわね」なんていう声が聞こえた。

不起立を貫こうとする社会科教師に、彼をなんとか「歌わせたい」校長と体制派の若い英語教師(いかにもいそうな熱血漢ふう)・・・。いかにも、という感じではあるよね。社会科なんて一番そういう教科だし、前任の音楽教師はクリスチャンゆえの伴奏拒否だし。その「わかりやすさ」には、当然、マイナスの要素も入ってくるだろう。

 最後に、以前は「内心の自由」を盾に日の丸・君が代の強制に反対していたことが発覚した校長が、学校の屋上から現在の自分を正当化して演説するシーン。(そこには大きな日の丸がはためいているのだ。)自分の言葉に酔っているような、勢いで聴衆をけむにまくような、巧妙に論理のすりかえが行われているような・・・を聞きながら、ふっと首相と先日の総選挙のことを思い浮かべたのだった。

 ひるがえって、我が子の卒業式は、そういう学校を選んで入ったのだから、日の丸も君が代も来賓祝辞もなかった。それは彼らには「当たり前」のことなんだけど、苦労なく得たものの大切さはわからないかもしれない。息子は「あの演説でみな納得したのか」と不満げであったが、そうとばかりは言えないよ。

 

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