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2005.11.01

絶対の価値とは? 「胎内」に思う

10月26日(水) 「胎内」 19:00~ 於・青山円形劇場

作/三好十郎 演出/鈴木勝秀 キャスト/奥菜恵(村子)、長塚圭史(佐山)、伊達暁(花岡)

 チケットには○ブロック○番という表示のみで、列が書いてなかったのだが、一番前の席! 円形劇場とはいいながら、どちらかというと「前方後円墳」形のステージで(「方」が出入り口につながる)、「円」をとりまく客席・・・私は限りなく「方」に近い位置だったから、時に観づらい部分もあったけど、手を伸ばせば俳優さんに触れるような近さである。

 開演を待つ間、その円の部分のステージをじっと眺める。どうみても暗い。穴ぼこだらけの地面、真ん中に水たまりがあって、そこを泡ぶくが。それ以外に何もないセット。

 芝居が始まると、これは洞窟の中だ、ということが徐々にわかってくる。戦争が終わって2年。徴兵されてこの洞窟(壕)を掘らされていた佐山が、現実に絶望して戻ってきてここで眠っているところへ、訳ありげなしかしお金がありそうな男女がやってくる。実は何か不正を働いて、追われている(と思いこんで)。

 地震が起きて3人はこの洞窟に閉じこめられてしまう。交代で掘ってはみても出られない。パニック状態にもなる。一度、「助かる!」と思えた瞬間があったから、その後の絶望はなお深い。そんな中で、3人の過去や今が明らかになり、それぞれに真の自分に向き合っていく・・・のか? 最初、全く「人生の敗残者」だった佐山が、この状況の中でかえって「前」を向く、その姿勢があざやかで、長塚圭史という役者のうまさを直接感じた。

 奥菜恵の演ずる村子は、生活のために心ならずも花岡のお妾をやっているような女だが、プライドの高さと、その後の無防備なまでに儚げな感じの対比がやはり印象に残っている。はすっぱな部分がちょっと一本調子だったかもしれないけど。花岡というのは「戦後成金」みたいなものかな。お金お金の人で、押しの強さが妙に伊達暁の声にマッチしていたようだ(あんまり好きじゃないが)。

 絶望的な状況の中で、なお「再生」の希望があるがゆえに、「胎内」なのだろうか。結局お金と生きてきた花岡が、この場所では無意味な札束を手に狂っており、敗残者だった佐山はかつての「学ぶ」という精神的営みを力に「希望」を語ることができる。村子もまた、お金などとは関係ない部分での自分を見つめる・・・まさに「生き直し」ている場なのかも。

 と、まあ見終わってから何日も経ってるから、こんなふうに受け止めました、ということなんだけれど。三好十郎がこの「胎内」を発表したのは1949年。戦争であらゆる価値がひっくりかえり(まだその混乱の中で)、彼が希望を見出そうとしたのは、やはり前を向いていく「精神的な強さ」とそれをはぐくむ真の学問だったのかも。暗い話が、暗く感じられなかったのは、「胎内」の再生の場に立ち会っている気がしたからではないだろうか。

 松尾スズキ作「キレイ」のDVDを見て、奥菜恵を一度舞台で見てみたいと思ったがゆえに、これを選んだのだが、大正解。3人の俳優がほんとに全力投球で完成度の高い舞台を見せてくれた。円形劇場だからよかった、とも思う。

 

 

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