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2005.12.13

文楽ざんまい・夜の部

12月12日(月) 「文楽 一谷嫩軍記」 17:00~ 於・国立劇場小劇場

陣門の段」豊竹始大夫ほか/竹澤団吾 「須磨浦の段」豊竹咲甫大夫/鶴澤清馗 「組討の段」豊竹松香大夫/鶴澤清友:簑二郎(玉織姫)、玉女(熊谷直実)ほか

熊谷桜の段」豊竹新大夫/鶴澤清志郎 「熊谷陣屋の段」竹本千歳大夫/鶴澤清介(前)、竹本文字久大夫/野澤錦糸(後):和生(相模)、勘十郎(藤の局)、玉也(弥陀六)ほか

 はっきり言って「貧乏性」でござりまするな。当初の予定は、この上まだ落語も入っていて、国立劇場→浅草演芸場→国立劇場(休憩後の「熊谷桜」から)、などと考えていた。ま、画餅だったわけで。最近まで全く予定していなかった文楽なのに、見に行くとなるとこんなことに、と我ながらおかしい。勿論、歌舞伎座で仁左衛門の熊谷を見た記憶が新しいから、演目にも惹かれたというわけ。

 前半は、ちょっとぼんやり、時に意識がとんだりもしながら見ていた。「須磨浦」の兄弟コンビのところだけは、ちゃんとしてたんだけど。でも後半は、そんなことないもんね。「熊谷桜」の段があるから、制札の存在が、さらに生きてくるんだな。

 で、「熊谷陣屋」。これはもう、義太夫と人形の両方を堪能した(千歳大夫さんが短くてよかった・・・ゴメンネ)。特に、相模と藤の局の細やかな動きが印象的。それと、先日の歌舞伎と比べると、弥陀六の存在の大きさがよくわかった。次に歌舞伎を見るときには、弥陀六にも注目しようと思う。

 浸りきっていた、というわけでもなくて、時々へんなストーリーだよね、なんて思いもよぎるんだけれど、それなのに「十六年はひと昔・・・」のくだりでは、やっぱり落涙しちゃうのである。これって、その瞬間に「親」になってるのかなあ。

 鑑賞教室が上手側、こちらは下手側の席(どちらも9、10列あたり)。周囲は今までで一番「インターナショナル」という雰囲気だったが、どんな風に受け止められたのか、聞いてみたいくらい。

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