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2005.12.05

師走はやっぱり「義経」「討ち入り」

12月4日(日) 「十二月大歌舞伎 夜の部」 16:30~ 於・歌舞伎座

「恋女房染分手綱 重の井」 福助(乳人重の井)、弥十郎(奥家老)、七之助(腰元若菜) ほか 「船弁慶」 玉三郎(静御前/知盛の霊)、弥十郎(弁慶)、勘三郎(船頭)ほか 「松浦の太鼓」 勘三郎(松浦鎮信)、橋之助(大高源吾)、勘太郎(お縫)、弥十郎(宝井其角)ほか

 当初「船弁慶」に出演の筈だった段治郎さん(弁慶役)の病気休演で、夜の部は弥十郎さんが八面六臂の大活躍。重の井の、全身赤い衣裳(足袋まで)の「赤じい」、そして貫禄の弁慶と、大人な文化人宗匠。かなり好きな役者さんではあるが、でもこう出ずっぱりというのは、いかがかと・・・。と思いつつ、はたと気がつくと、今月の座組に「爺」が似合う人がいないってことか。「台詞が入ってない!」という心配がない代わりにね。

 夜の部は、「船弁慶」に精神を集中させて、前後は少しゆるりと見ましょう、という具合ではないかと。というわけで、「重の井」はちょっと散漫に見てたかも。重の井親子の衣裳の色合いが、なかなか美しかった。でもなんで「赤じい」なんですかね。

 踊りが主体だったりする時、往々にして客席がざわついて閉口するものだが、さすがに「船弁慶」ではそんなことがなくて、玉三郎のすごさというかオーラというか。最初、花道から出てくるとき、姿は見えなくてもその言葉だけで、まさに耳目を引きつけているんだもの。まったくもって美しい時間が流れておりました。義経の薪車もまあまあ? 最後に声を張り上げた台詞以外はね・・・。

 そして十二月といえば当然出てくる「忠臣蔵」関連。私は大高源吾は「講談」でしか知らない。というのも、落語仲間で両国を歩いたときの資料として、先達N翁から、2人の講談師による「大高源吾」のテープを貰ってよく聞いていたから。そういう意味では両国橋で出会うのは(長谷川平蔵や隠れ切支丹by紫文さん、ではなくて)、源吾と其角で決まり! しかしながら、思った以上に勘三郎の演じる松浦の殿様が悪ノリしていた感も。邸内での句会の場はともかく、玄関先の場ではもう少しおフザケでない方が、私の好みではある。でもまあ、夜の部の締めとしては、明るい気分で、というのもあるのかな。

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