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2006.04.13

「百年目」はこんな噺だったのか

4月12日(水) 「市馬落語集」 19:00~ 於・お江戸日本橋亭

(市朗・転失気)、市馬・天災--仲入り--市馬・百年目

 上席・池袋の「四月革命」を終えて、ホームグラウンド(by市馬)での「根多おろしの会」。池袋のことはアウェーと表現されていたが、あまり言及がなかったのが残念といえば残念。でも、時間もなかったのでしょう。

 市朗さんも実は根多おろしだったそう。一番弟子で、総領のナントヤラ的なものを(一方的に私は)感じているのだけれど、ふわっとしたなかなか得難い雰囲気があるんじゃないかな。ほら、「和み」とか「癒し」とか。技術的なことなどはわからないけど、私に言えるのは、笑みを絶やさず、でも一生懸命努力してくださいってこと.。

Dsc00503  1席目の「天災」は何年ぶりで聴いただろうか。4、5年前に、花緑さんで聴いたことがあるのは確かで、どうも紅羅坊先生が好きになれなかった記憶がある。市馬師匠の「天災」は初めて。発端部分から丁寧に描かれているから、八五郎の「人となり」がよくわかるし、紅羅坊先生も嫌味じゃない。そういえばご隠居さんの家から、紅羅坊先生宅、長屋の八五郎宅、熊五郎宅とへ、場面転換が多い噺である。「道灌」から始まる修業(柳家の場合?)の、積み重ねのずっと先に待ってる噺なのかしら。という意味では、いま「基礎」を頑張ってね、と、やっぱり前座さんにエールを送る私である。

 そして休憩をはさんで、本日の「根多おろし」の「百年目」。もしかしたら今までどこかで聴いたことがあるのかもしれないが、とりあえずは家にあるCD、志ん朝「百年目」の印象しかない。途中まではだいたい予想通りの展開(ただし番頭さんが着替えた後の、派手な長襦袢はナシ。それと鬼ごっこをするのが、扇を顔にあてて、というあたりは、へぇぇと思いつつ)。まるで違ったのは、花見の翌日、旦那さんが番頭を呼んで話をする時、センダンとナンエン草のことを言ったり、じゅんじゅんと諭すというか・・・思いもかけず人情噺のようであった。まあ今まで「百年目」という噺の表面しか見てなかった、ということかもしれない。余韻がとても気持ちいい。

 さて画像は本日のスタイル。先に義母を訪問したので、すべて義母から貰ったものにしてみた。でもポイントは馬の帯留ね。

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コメント

自己レスです。きのう志ん朝「百年目」CDを聞いたら、ちゃんと栴檀と南縁草のくだりが入ってました。たぶん扇で顔を隠すところも(でも目隠しもするけど)。どうして私の記憶に全くないのかな。
どなたかの高座で「百年目」を聞き、それは時間の制約等もあって栴檀談義は出てこなかった・・・のだろうか。
いつ、誰の、何を、聞いたのか。それを記録するというだけでも、このブログの意味がある、と思うことにしようっと。

投稿: きびだんご | 2006.04.17 10:33

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