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2006.05.02

倉敷といえば大原サマ

Dsc00510 ←大原家別邸・有隣荘(別名 緑御殿) 1928年建築、施主・大原孫三郎

 緑御殿という名前は、釉薬をかけて焼いた瓦を使っているかららしい。2階に上がると、その瓦が間近に見えるのだが、黄緑-黄色(黄土色)のグラデーションが美しい。建築当時の物ということで、すでに80年近い歳月が経っているとは思えない「新しさ」であった。母親が言うには(ネタ元が何であるかは不明)、「瓦1枚が職人2人分の日当に相当した」のだそうである。内装デザインは児島虎次郎。

Dsc00511 ←倉敷川を挟んで向かい合っている大原美術館と有隣荘(および大原邸)。この付近の景色が、いかにも倉敷だよね。というか、「これだけ?」と言われかねないかも。一時、原宿をまねたのか、というような雰囲気もあったけど、それなりに落ち着いているような気がした。

 有隣荘は常時公開されているわけではなくて、もっか「春の特別公開」。その公開に合わせて例年、現代アートを展示しているらしく、なんと去年は「会田誠・小沢剛・山口晃」だったのだ。去年、ゴールデンウィークに大原美術館で山口晃展、という話だけは聞いていたのだが、これだったのか、と。・・・で、ミュージアムショップ(美術館と喫茶店エルグレコの間に、独立してある。さすが観光地)にて、去年の「記録集」を購入した。歴史ある建物と現代アートの「偉大なるミスマッチ」を、この目で見たかったなぁと思う(山下裕二氏の解説文タイトルは「有隣荘の、穏健なテロリストたち」だった)。

 今回の鴻池朋子展も、摩訶摩訶不思議。去年は3人がそれぞれ1室を使ったようだが(1階の洋間、1階の和室、2階の和室)、それプラス庭の木の上にも作品がある。それも、本物のオオカミの毛皮をそのまま(何匹分かなあ)使った巨大なオブジェとか、すごい迫力! おかげで、建物内部をあまり観察しなかったぞ~。でも、この有隣荘が単なる「展示場所」ではなくて、ここに置くことでやっとストーリーが完結するような性格のものだということはわかった。

 大原美術館本館は数年前に来たことがある。その時にはなかった「この一点」という展示室があって、そこにモジリアニのあの首を傾げた女性の画と解説があった。「受胎告知」はもっと大きい画のつもりだったのは、何かと記憶が混ざったのかしら。

 写真を写したのは、大原美術館前に架かる「今橋」の上から。この橋も天皇行幸に際して大原孫三郎が私財を投じて作ったのだそう。議会で決めた予算ではとてもダメだということで。などという話を知っているのは、戦前生まれなのだろうか。少なくとも私の学んだ時代には、郷土の偉人とは江戸時代までの「文化人」だったような記憶が・・・(単に記憶が抜け落ちているだけ?)。というわけで、長い間「大原美術館」「「倉敷アイビースクエア」などは、それ自体として倉敷に存在し、大原家を意識したことはあまりなかったんだけど、想像できないくらい巨大な存在だったんだよね。城山三郎による評伝も読んだくせに、実体と結びついていなかった。

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