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2006.10.15

二度目の「書く女」には満足なり

10月14日(土) 「書く女」再び 19:00~ 於・世田谷パブリックシアター

 ちょうど10日前にも見に行った「書く女」。あの時はお芝居を見る以前に、集中をそがれる要素もあって、うまくストーリーにのれなかったのだけど、今日は無事にリベンジが果たせました。しかも、わりと後方の左手から見た前回と違って、なんと最前列の真ん中だったので、気になっていた衣装もバッチリ観察できてよかった。勿論、幕が開いて間なしだった前回から比べると、役者さんたちの呼吸が合う、というのか、おもしろみも増していたのだと思う。

 女優陣がそれぞれに雰囲気にピッタリ、というのは再確認。ちょっとこの役は違う、というのが私には全くない。特に、若い人が多い中で、母親役の八木昌子さんの存在感というのは、とても重要だなあと思った。寺島しのぶは、力の入れ方(抜き方?)のうまさがあると思うんだけど。うーん緩急というのかな。そしてこの3時間余の中で、きちんと「成長していく一葉」を見せてくれたと思う。

 対する男性は・・・向井孝成が演じた斎藤緑雨が光っていた。目つきが「すね者」だし(笑)。そして、作品に対する批評のあり方という点などに、永井愛さんの考えが入ってるみたいで。他の人たちも、ちょっとだけ違和感もあるんだけど桃水ならそれでいいのか、とか、純情だったり、子どもっぽかったり。なんにしても、大上段に文学を語ることのまぶしさも感じたのだった。

 そして、タイトルの「書く女」の意味。一葉だけではない。対比させる存在としての田辺龍子(田辺花圃。三宅雪嶺の妻)もまた、たくましき「書く女」である。「萩家の三姉妹」ほどストレートにではなく、「書く」ことの中で(作品について語らせることで)、社会における女性の位置にも考えが行くのだと思う。

 そうそう、着物がよく見えたので、楽しさもぐんとアップ。主役の寺島しのぶは貧しい一葉だから、着物も地味で、前半の茶系の格子と後半は青(紺)の縞。でも、羽織や帯は勿論、刺繍の半襟なんかも注目ぅなのだった。夏のシーンでは、い夏ちゃん=伊東夏子(栗田麗)と田辺龍子(石村実伽)が、ちゃんと絽の着物だったり、ウキウキしちゃった。

 それにしても、前回の「床に小銭が散らばる音。しかも2回も」などは論外としても、観客が気持ちよく見られるような努力は、劇場側にももっと必要ではないかと思う。たぶん膝の上に載せていたチラシが落ちたような音とか、すごく響くんだもの。後半が始まる直前の「携帯電話への注意」も、どうせするならもっとはっきりやらなくては、効果がないのでは(でも、注意を喚起するようになったんだ、とは思った)。見る側の「良識」に任せるのが本来(理想)には違いないけど、そういう時代じゃない。残念だけど。

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