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2006.11.05

「倉橋由美子」を聞く

11月4日(土) 「対談 倉橋由美子 大人の小説の魅力  豊崎由美が『お子ちゃま』文学を斬る!」 13:30~ 於・明治大学和泉図書館

Kurahashi 対談者:古屋美登里-豊崎由美

 当ブログで「追悼・倉橋由美子」を書いたのは、2005年8月24日。そのとき、偶然(というわけではないのか)豊崎由美さんの名前も挙げていた。彼女の文章は、それまでもあちこちで目にしており(それこそnumber誌あたりから)、独特の文章リズムが気になっていた。いっぽう古屋さんは、過去の「本の雑誌」の書評担当者の中で、一番好きだった。そのお二人が倉橋由美子について語るというのでは、行かないわけにはいきますまい。幸い、会場はドア to ドアで30分少々という近さでもあり、秋の午後、いざ明治大学へ!

 行ってみれば、明治大学和泉では大学祭のまっさいちゅう。外のにぎやかさと裏腹に、会場の図書館は静かな雰囲気でした。この企画自体は、明大図書館講演会「著者と語る」シリーズの第8回で、大学祭とぶつけたのがちょっと誤算で、学生の参加が少なかった、とは図書館長さんの言葉。

 大学時代から倉橋さんと親しくしていらした古屋さんと、初めて読んだのは大学時代の「暗い旅」で、最近の「あたりまえのこと」の文庫版に解説を書いてらっしゃる豊崎さん。ともに倉橋文学に詳しい上に、私とほぼ同世代なので、「読み」自体に共感できる部分もある。

 対談では、特に「シュンポシオン」を取り上げて、桂子さんシリーズを通して倉橋さんの作品の魅力が語られた。お話を聞きながら、いわゆる文壇からは離れて、決して群れず、ピンと姿勢を正して書き続けられた倉橋さん、でも、モラリストでおちゃめでたぶん世話好きでもあった姿が浮かんできた。その系譜を引く(影響を受けた)として、金井美恵子とか大島弓子(のある種の作品)の名前も挙がったから、やはり私が好きなものというのは、繋がっているんだなあと思ったりもした。

 サブタイトルになっている「お子ちゃま」文学とは・・・最近の「きみとぼく小説」とか「世界系」なんて言葉を知ってましたか? まあライトノベル系を指すらしいけど(ケータイ小説はそこにも入らないんだっけな。豊崎さんは「紙の無駄」とほとんど唾棄してた)。それらは、大人の世界への徹底した無関心で貫かれている(大人に、自分たち--きみとぼくしかいない--、を理解させる気がない)。そういうお子ちゃま小説と、大人の小説との決定的な違いは、「対話の有無(会話ではなく)」だ、ということで、小説の中の他者である読者も、大人・倉橋さんの小説の中で、豊かな対話ができるのだろう。

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