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2007.02.25

「私はだれであるべきなのか」

2月24日(土) 「こまつ座 私はだれでしょう」 13:30~ 於・紀伊國屋サザンシアター

作/井上ひさし 演出/栗山民也 出演/浅野ゆう子(川北京子)、梅沢昌代(山本三枝子)、前田亜季(脇村圭子)、大鷹明良(佐久間岩雄)、北村有起哉(高梨勝介)、川平慈英(山田太郎?)、佐々木蔵之介(フランク馬場) ピアノ演奏/朴勝哲

 こまつ座の芝居はなかなか見に行く機会がなくて(行こうと思い立った時には売り切れていたり)、長らく見ていなかったのだけれど、今回は何しろ佐々木蔵之介に北村有起哉の出演とあっては、何がなんでも!! もちろん・・・というべきか、安全策をとって、初日近くは避けたので、二度の「初日延期」も関係はなかった。でも、そう考える人は多く、まして土曜なので、最後列での観劇となった。この席にはちょっとショックだったけど、結果的には、大あわてで駅に走って仕事に向かわねばならなかったから、出口に近くてOKではあった。

 時は昭和21年7月~22年11月。NHKの脚本班の一室で、ラジオ「尋ね人の時間」の脚本に携わる(投書を読み、原稿にする)人たちと、GHQの担当者の日系2世、そして、記憶をなくして「私はだれなのか」、自分自身を「尋ね人」とする男。大雑把に言えばこんな感じ。まだなまなましい戦争の記憶は、空襲の混乱で別れ別れになった弟を探す靴磨きの少年の投書、という形などで、私たちに示される。

 この「私はだれ?」と探す山田太郎(?)役の川平慈英が、なんというか、ほんとにアヤシイ奴なのだ。なぜ自分に英語が話せて、タップダンスができるのかもわからないんだけど、まあ川平さんのイメージ通りだなー。いや、それぞれに、分かりやすい納得できる役柄ではある。江戸っ子な圭子ちゃんとか、言葉のプロ佐久間さんなどなど、この中では地味に見えつつ、ピリリという感じ。

 で、実は佐々木さん演じるフランク(階級は忘れた)が、難しい設定。GHQの人間としての仕事以外に、小学生時代の6年と大学に入る前1年を過ごした炭焼きの村を復興させるために尽力している、ということで、食料を運んだり、村長に推挙されたり。このもう一つの顔の部分の現実感が希薄で・・・。

 そして、有起哉くんは、まあひたすら一直線な若者なのねぇと思っていたらば、最後に、あらら~となるし。誰だかがやっとわかった山田太郎改め古賀を鎌倉に送っていく、という時の「さよなら」のトーンに、えっ!?これはなにかある。

 ラジオ放送自体が、大変な管理下に置かれていて、でも、「これを放送しなければ」という強い思いでタブーに挑んでいく・・・それは、そのまま今の時代を照らす強いメッセージになっている。

 それにしても、後半の佐々木さんはスーツにネクタイで(前半は制服)、彼にはどうしたってスーツを着せたくなるのかしら、と思うとちょっとおかしい。ピアノの伴奏による歌も、やはりこういう生のアコースティックな音だと、心が和らぐ気がした。

 ロビーでは井上ひさしさんの著書がいっぱい売られていて(さすが紀伊國屋)、「吉里吉里人」がすごく懐かしかった。めちゃくちゃ笑いながら読んだ記憶があるんだけど、すっかり忘れてしまってるな~。あと、様々な花などが贈られている中で、古田新太さんからは佐々木さん、有起哉くんそれぞれに、ヴォルヴィック(だったかな)の箱で、「がんばれ蔵之介」「負けるな有起哉」(だったかな)、と熨斗に書いてあった。

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