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2007.03.16

丁々発止のせりふ劇

3月15日(木) 「コペンハーゲン」 19:00~ 於・新国立劇場 小劇場

作/マイケル・フレイン 翻訳/平川大作 演出/鵜山仁 出演/新井純(マルグレーテ)、村井国夫(ボーア)、今井朋彦(ハイゼンベルク)

 舞台の上には、初めから終わりまで3人だけ。それで正味2時間半あまり、相補性原理だの不確定ナントカに波動理論といった物理学の用語や、学者の名前、(主にドイツの)地名などなどが、繰り出される。タイトルには「丁々発止」としたけれど、「論争」とかそういうことではなくて、ただ喋り続ける。記憶をたどりながら、時には熱くなり、時には楽しい思い出を・・・。

 難しい用語や固有名詞ばかりなら、耳が拒否しそうなものだけど、私の集中力が切れることはなかった。ストーリーや俳優や、舞台装置、照明などなどの要素が相俟って、素晴らしく刺激的な空間を作り出していたように思う。

 舞台は丸い円の部分に椅子が3脚、そしてその円を取り巻くぐるりの円周。俳優はそれぞれに椅子に座り、椅子を動かし、周囲を回り(たとえば夫妻の家を訪ねる、散歩するなどなど)・・・語り、聞く。何を? 1941年にハイゼンベルクがコペンハーゲンのボーアを訪ねた時に、いったい何が語られたのかを。3人が皆、死んでしまった今、あの時のことを。

 休憩後、再び席についたときに、「あら、この舞台の円とか円周とかは、量子だの粒子だのの模型図をイメージしてるのかしら」などと思ったけど、どうなんでしょう。いや、私は物理など全く理解不能なので、よけいそう思っただけかもしれないけど。そして、やたら頭が刺激されたのは、そういう「お勉強(理系の)コンプレックス」と言われても仕方ない。もう一回見てもいいけど、多大なエネルギーが必要、というところ。

 にしても、3人の俳優さんには圧倒された。膨大なせりふ量でしょうに、1人が喋っている時の反応なども、ほんとおろそかにはできない。対等な力量の人たちが、互いに敬意をもって対している・・・という、劇中の人物たちにも通じるものがあるのかも。そして、ボーアの妻マルグレーテ。後半は特に、いかにも「女性らしい」ものの言い方(悪い意味ではなく、理論より感情といった風な、でも本質をついてるような)に、共感したりして。

 今井さんはやはり素敵でした!! すっごく精神が柔軟なのかしらね~。型のない人。

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