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2007.03.18

「終末論」な日々

 発端は3月7日に見た「僕たちの好きだった革命」。69年当時の高校生・日比野の言動の中に、「どうせ人類は滅亡しちゃうんだ」というのが繰り返し出てきた。だからどうでもいいんだ、みたいな話だけど。それは単に世紀末へ向かう「当時の気分」だった。

 そして、「橋を渡ったら泣け」においては、実際に何が起こったかは明示されていないが(とにかく海水面が上昇)、ほぼ人類滅亡か?というような災厄の後、という設定だった。で、そういう不可抗力的な「終末」とは違って、「コペンハーゲン」で語られるのは原爆であり物理学者の動向(そして関与)である。 ほんとに過去に真摯に向き合うことでしか、明日は開けない、と思うんだけど、「忘れっぽい」のもまた人間なんだよな、とか、ついテロで始まった今世紀を思ってしまう。

 と、まったく偶然、本棚の奥から取り出して、(内容をすっかり忘れていた)読み始めたのが倉橋由美子「シュンポシオン」だったから、あまりの符合に驚いてしまった。「地球の空模様が怪しくなった」2010年ころが舞台なのである。ま、内容は高踏的なおとぎばなしかもしれないが。でも、なんか呼ばれているような、「終末」を意識する日々なところが、変におかしい、2007年3月のわたくし。

 ☆ ☆ ☆

 今月は毎週末、わりとノンビリしていて、なぜかなーと思ったら、歌舞伎(昼)をいつでも見に行けるように用心してあけていたのでした(で、とっとと見に行ったし)。おかげできのう今日などは急ぎの自宅仕事を入れることもできて、こんな感じもいいな、と思っている。

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