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2007.04.22

テロの時代を生きる:イギリスの場合

4月21日(土) 「CLEANSKINS/きれいな肌」 13:00~ 於・新国立劇場小劇場

作/シャン・カーン 翻訳/小田島恒志 演出/栗山民也 出演/銀粉蝶(母ドッティ)、北村有起哉(弟サニー)、中嶋朋子(姉ヘザー)

 もちろん、北村さんが出演するから、という理由だけで見に行ったわけだが、しかし、CLEANSKINSっていったい何、とは思っていた。

 プログラムの最初に(目次の下)、「CLEANSKINSとは」とあって、①きれいな肌 ②焼き印のない家畜 ③群れからはぐれた者 ④前科のない者 ⑤白人のイスラームへの改宗者 の5つが挙げられ、さらに解説がついている。要は、派生的に生まれた意味の「警察がマークすべきリストに載っていない人物」から、さらにロンドン・テロを経て「前科のないテロ容疑者」の意で爆発的に使われるようになった、とのこと。

 では、あえて日本語タイトルに「/きれいな肌」とついている意味は? と考えつつ、開演を待つ。この作品は、新国立劇場がシャン・カーンに委嘱したもので、世界初演とのこと。カーン氏は、ロンドン生まれのパキスタン系イギリス人。

 さて物語は、イギリスの小さな町、母親と息子がつつましく暮らす家の一室が舞台である。息子サニーはイスラム世界からの移民(イスラム教徒の増加)にNOを言うグループと関わっているらしい。近くにモスクが建設されそうなので、デモに参加したりしている。しかし、このような現実に関して彼が言う言葉が、後にそのまま手ひどく自分に戻ってくるとは!

 それなりに平穏だった暮らしは、長い間消息不明だった姉ヘザーの帰宅とともに崩れてしまう。彼女は弟があんなに嫌っているイスラム教徒になっていたのだ。外見ですぐにわかってしまう、ということは、一家が排斥されてしまう可能性がある。そもそも彼女はひどい薬物中毒のあげく家を出ていたのだ。なぜ、改宗し、戻ってきたのか。母も弟も、彼女を受け入れない・・・。

 というような話のわりには、すごく深刻だったり重苦しかったりするわけではない。どことは明示されない町の労働者階級の子が、イスラムに持つ感情を、さりげなく示しているんだろうか。全く違うことだけれども、「アメリカでの銃乱射の犯人が韓国人だった」件を、頭の隅で思い浮かべながら見ていた。

 北村さんの粗野で単純でマザコンの青年ぶり! いかにも、誰か煽動者がいればそれに飛び乗ってしまいそうな雰囲気が出ていた。中嶋さんは「オレステス」の時よりは、うんとよくて、ちょっと知的すぎる感もあったけど、信仰ゆえ? 母親・銀粉蝶は、最後までなんとなくとらえどころのない役、かな。そういう脚本なので、難しい感じがする。

 ラストがあっけないというか、むしろこれからのこの家族が心配になるんだけど、そういうふうに考えさせる部分が、観客に投げかけられたように思う。

 

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