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2007.05.28

「読む」と「見る」との間には

5月28日(月) 「しゃべれども しゃべれども」 於・シネ・リーブル池袋

監督/平山秀幸 原作/佐藤多佳子 脚本/奥寺佐渡子 出演/国分太一(今昔亭三つ葉)、香里奈(十河五月)、松重豊(湯河原太一)、森永悠希(村林優)、八千草薫(外山春子)、伊東四朗(今昔亭小三文)ほか

 当ブログ、昨年6月1日付けで触れた映画「しゃべれども しゃべれども」がやっと公開になった。完成してから公開までに、ずいぶん日にちがかかるものなんだなあ、というのが実感。それにはいろんな要因というか思惑があるのでしょう・・・。たしかに、秋冬よりも、こういう緑の季節に見るのにピッタリ、という気がした。浅草のほおずき市シーンもあるし。

 で、私がエキストラ参加した一門会シーンは、実際に太一くんの落語(火焰太鼓)がとてもよくて、「落語の聞かせどころ」。噺家・三つ葉くんがスクリーンの中で、生き生きと喋ってました! あと、一門の4人がずらり並んでの小三文師匠の挨拶は、やはり思い出深い。何回撮ったか忘れたけど、その度に伊東四朗のアドリブが! すると、師匠にいじられた前座くんの反応がとても自然で、そういう風に醸し出される雰囲気が、いろんな場面に流れていたように思う。それも含めて、伊東四朗の師匠は流石、なのでした。某誌の映画評で、太一&伊東の噺家ぶりに、☆が1個贈られてたのもわかる、ってなもので。

 でも、原作を何度も読んでいる身としては、あまりの違いに戸惑う部分もあった。要するに100分余りの間にエッセンスだけを収めるということは、切り捨てられるところが多い、という、まあ当たり前のことなのではあるが。そういうシンプル化のために、たとえば村林少年の母親が全く出てこないとか、そもそも「いじめ」に対する少年の強さが、表面的だったり・・・と、原作で私の好きなところがなくて、ちょっと残念。

 キャストを知ったときに一番違和感があったのは八千草薫。ああいうフンワリした感じじゃなくて、啖呵のひとつも切るような鉄火なお茶の先生なんだけどな、と。でも、ちょっと浮世離れした風情が、意外に合ってた。実際に見て、一番ウーンだったのが、三つ葉が恋する郁子さん。映画の設定=大学院生、原作=踊りの師匠の娘、だから、違ってて当然とはいえ、自分の中のイメージが消えてくれなかった。

 映像自体がとても美しくて、ストーリーの優しさにピッタリ。師匠の家の佃界隈、都電の走る風景、ほおずき市、隅田川・・・。落語がそうであるように、古いけれども今も瑞々しく生き続けているものたち、なのかもしれない。

 落語を全く知らなくてもOKな映画だけど、落語監修の三三さんや菊志んさんが、寄席のモギリをやっていたり、遊一さんがお囃子の太鼓を叩いていたりと、知ってる人はより楽しめるトコロも。冒頭で、小三文師匠が「てこずるパズル」(週刊文春)をやってたのには笑った。原作は新潮文庫なのに。これも遊びごころのなせるわざ?

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