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2007.06.23

紅白梅図屏風分析のその後

 最近、板橋美術館の安村氏のお話を伺う機会があった。光琳「紅白梅図屏風」(MOA美術館蔵)の金箔/金泥問題に関して、なかなか興味深い話題があったので、ちょっとメモしておく。

 東京文化財研究所が詳細に分析して、今まで金箔を使っていると信じられていたものが、実は金泥であった・・・というのは、かなり衝撃的なニュースだった。この経緯を紹介したNHKスペシャルも放映され、我が家にも録画DVDがある(はず)。

 で、どうやら、「やはり金箔なのだ」という人たちが、そろそろ巻き返してきているらしい。京都の箔屋さんなど、本業そっちのけで、「金箔を使っての復元」に没頭していて、成果も現れているんだって。それは、「金箔にしては“箔足”の数値が低い」→だから金泥、ではなくて、金箔だけれど“箔足”の数値が低い理由がある、ということ。とはいえ、東京文化財研究所やNHKが大々的に報じた「発見」ではあるし、さて、今後の展開は・・・?

 これに付随して思ったことをいくつか。安村氏もおっしゃっていたけれど、数字でドーンと提示されると、やはり強いというか、動かぬ証拠、みたいな感じになる。しかし、その数字と、長年見てきた「人の目」「感覚」が相容れなくて、いやちょっと待て、と、あれこれ考えて、コツコツと反証を積み重ねていく。ほんとに、極端なくらい、「最新の機器vs.手作業」だったりする。美の世界であるだけに、そういう感覚はおろそかにはできないな、と思うのだけれど。

 さらに、箔を貼り付けていく作業のことを聞くと(この屏風に限らない)、昔むかしの人たちの、気の遠くなるような日々に思いあたる。時間がどんなふうに流れていたのか・・・。現在の複製品が「のっぺり」した感じなのも、箔を機械で薄く伸ばす技術が進んだかららしい。今後、金箔の屏風などを見る時には、ちょっとじっくり見てみたいなぁ。

 (そして「数値」ということから、国立の美術館などが独立行政法人に移行して、「成果」を「目に見える数値」で表すことが求められていることにも、少し考えが及んでしまう。もちろん、魅力的な展示などの努力は必要だけれど、「○○万人動員!」ならいいのか、ってことでね・・・。) 

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