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2007.09.20

秋の夜の出雲大社(9/15)

Izumo04  「万作・狂言十八選 第三回」の開演は午後5時半。私は母親と一緒に、4時過ぎに到着した。広い境内をあちこちしながら、一応、公演場所を確認しておこうと、本殿前に行ってみた。もちろん舞台や客席の設置は完了しているけれど、でも参拝者も通れる、という状況。ちょうど、そこにいた時に、万作さんを先頭に出演者の方々が舞台の様子を見にいらしてビックリ。もちろんまだ洋服でした。

 開場は5時。老人連れだから、あちこち動き回らずに、とっとと席に座る。がんばってチケット取りの電話をした甲斐があって、正面席の2列目、ほぼ中央なのが嬉しい!

 最初に解説の石田さん登場。舞台の下手・前あたりで喋り始める。「三番叟」は神聖なものなので、その前にケガレてはいけない、という話から、いつものように軽妙かつわかりやすいお話であった。

 「三番叟」の前に切り火を打ったのは深田さん。まだまだ明るい、蝉も鳴いている舞台で、本殿をバックに三番叟を踏む万作さんの姿は、空の色やすべてのものと一緒に記憶にとどめておきたい。ここに載せた画像は、三番叟の後の休憩時のもの。そろそろ暗くなりかけ?というところ。

 「棒縛」はわかりやすく、目で見ても楽しいから、それまでの厳かな雰囲気から一変して、笑い声が響く。近くにお子さんがいて、とても楽しそうだった。万之介-萬斎-幸雄という組み合わせも、ピッタリ。後で母が言うには「萬斎さんだけ光り輝いてるように見えた」そうだけど、それはミーハー根性のなせる業、ってもんでは(笑)。

 石田さんの解説のおかげで、和泉流の「福の神」では参詣するのがまさに出雲大社なのだと知る。狂言は「伝統芸能」であるが、その伝統とは庶民の暮らしの中に脈々と生きてきたものなんだなぁ、ということを強く感じた。そうして、翌日、実家に行ってみれば、ちょうど「お神楽」(備中神楽)が演じられて、大国主命が撒いた「福の種」(お餅)がドッサリあったのでした。ちなみに、実家の父は、私が行った2、3日前に、たまたま神社庁の集団で出雲大社にお参りしてるし、やはり中国地方の田舎では出雲は身近な存在のよう。

Izumo05_3 ←これは終演後。「棒縛」の途中からどんどん暗くなって、それとともにBGMが蝉じゃなくて虫の声になったのでした。

 

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