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2008.03.02

サイモン・マクバーニーと谷崎の世界

3月1日(土) 「春琴 谷崎潤一郎『春琴抄』『陰翳礼讃」より」 19:00~ 於・世田谷パブリックシアター (ポストトークつき)

演出・構成/サイモン・マクバーニー 出演/深津絵里、チョウソンハ、ヨシ笈田、立石涼子、宮本裕子、麻生花帆、望月康代、瑞木健太郎、高田恵篤 本條秀太郎(三味線)

 今年の、ゆったり気分で観劇する、という目標はとっくにポイ捨て状態だけれども、とりあえず「ハシゴ」はやめよう・・・とは思っているのだが。ござる乃座から、春琴へのハシゴは、ひとえに「ポストトークに萬斎出演」ゆえ。私って追っかけだったのか!? 「ござる」をずいぶん前に(去年のうちに)申し込んでいたから、それは早くから決まってたんだけど、「たまにはポストトーク見てもいいか」、狂言の後ならそれほど私も消耗してないだろうし、と。で、4時のござる終演から7時の開演の間、家に帰ってたりもして(←遠いのに。家でほとんどバカにされてる)。

 サイモン・マクバーニーは、同じパブリックシアターで「エレファント・バニッシュ」(初演・再演とも)を見て以来。F列でホクホクしていたら、とにかく自由に形を変えるパブリックシアターだけあって、3列目くらいなのに舞台に対して弧の位置・45度くらいで、相当見えづらかった。これならたぶん後方でも舞台がまっすぐ見える席の方がはるかによかったね。失敗!

 春琴抄、陰翳礼讃ともに読んだことはある、しかもサイモン・マクバーニーだから・・・と、あえて予習めいたことは何もせず。ちょうど前日あたりに劇評も出てたけど、これも無視して(まだ読んでない)。

 うーむ、なんと言っていいのだろう。舞台の様子を記述する言葉を持たない私。とにかく最初と最後は2008年の「今」。そして、立石さんだけはその「今」の人として、ラジオドラマ春琴抄の「地の文」を読む人として存在する。だからと言って、ストーリーがすべてそれで進むわけではない。谷崎が出てきたり、老いた佐助が出てきたり。そもそも、深津絵里ははじめ「琴」の人形を持って、声の人なのだ。この「琴」の人形は成長に合わせて、2つ。その後、人形かしらと思っていたら「人形振り」の宮本裕子、そして深津へ。ある意味「4人」の琴が存在していた、ということか。佐助にしても、年齢によって入れ替わるのだ。

 そして棒や畳など直線的なものをいくつも使う。棒ひとつとっても、琴の墓石の上の松の枝になったり、三味線になったり、もっともっと様々・・・。こういう無機的な物を使うことで、谷崎のエロスは残しながらもウェットじゃない部分があるのかも。舞台の上、照明に関しては、陰翳礼讃の世界なのか、スポットと影と・・・。

 本條秀太郎さんの三味線と唄も、それ自体、とても印象的なんだけど、わざわざ舞台の上で三味線を組み立てたり、すごく不思議なのである。

 そういえば、初めから終わりまで、えっ、なになに?と思っていたような気もする。けっこう気持ちいい「なになに?」なのは、マクバーニー氏の演出を私がわりとスンナリ受け入れられるからかな、とも思う。

(ポストトークは別項にて)

 

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