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2010.04.01

「ヘンリー六世」で3月が終わる

3月31日(水) 「ヘンリー六世」 13:00~ 於・さいたま芸術劇場

演出/蜷川幸雄 翻訳/松岡和子 構成/河合祥一郎 出演/上川隆也(ヘンリー六世)、大竹しのぶ(ジャンヌ・ダルク/マーガレット)、高岡蒼甫(リチャード)、池内博之(サフォーク伯爵/ジョージ)、長谷川博己(シャルル/エドワード)、草刈民代(オーヴェルニュ伯爵夫人/グレイ夫人エリザベス)、吉田鋼太郎(ヨーク/リヴァーズ)、瑳川哲朗(グロスター公爵/肉屋のディック、息子を殺した父親)ほか

 新国立劇場で、原作通り3部構成の「ヘンリー六世」を見たのは去年の11月。あれからずいぶん日が経ったような気がするけど・・・。今日のはちょうどその頃に買っていたチケット、蜷川版なり。自宅を11時過ぎに出て、帰宅したのが10時半くらいだから、覚悟していたとはいえ、ほぼ一日をこのために費やしたのでした。

 もうすっかり新国立版を忘れてるような気がしていた。でも、なんだかんだで思い出してくるものだなぁ・・・。あ、今日の席はE列の右端。「薔薇とサムライ」に続いて、出入りには便利な席(あちらはV列の右端)。前から5列目のつもりで行ったら、2列目で、ちょっと左方向に見上げる感じ。舞台を挟んで向こう側にも席が作ってあった。

 長丁場、ずっとこの席だから(当たり前)、ちょっと首が痛くなったかな。しかも、こういう対面座席ということは、舞台に奥行きがないということだから、その分、上(天井)からいろんなものが降ってくるんですよ!!

 最初に舞台の床にあったたくさんの血だまりを掃除する(大量のタオルで)5人のオバサンが、お芝居の間中ずーっといろんな物を片付けていくわけ。ほんとにエンエンと。役名も「掃除人」だし。「ヘンリー六世」に現代的な問題意識を持たせる、という意味かと思うけれど(戦いは今に至るまで果てしなく繰り返されている)、気が散るのも確かなんだなぁ。そんなことをしなくても、「ああ人間は変わってない」と、思ってしまったのが新国立版だった気もする。

 ついでにいえば、きほん何もない舞台(紅バラや白バラ、ユリの花などが降ってきたり小道具は置かれるけど、その度にお掃除される)で、左右の出入りだけ、音楽・・・などなどから、ちょっと単調さも感じてしまった。これは舞台の間口の狭さもあるかもしれない。

 多くの場合、やはり、新国立版との比較という感じで見ていて、奥行きや間口をたっぷり使った舞台装置などは、やはりあちらが優れていたな、と思う。逆に、人間そのものを前面に出してのスピード感(権力闘争のドロドロぶり)は圧倒的だった。俳優さんも、大竹しのぶ、吉田鋼太郎といった、「力」の人が芯にいるんだものねー。勇者トールボット父子の戦死のシーンは、どちらの作品でも涙がポロリ。そういうふうにできてるのか。

 大竹しのぶはイメージ通りだった。マーガレットははまり役だとは思うけど、その分「やっぱりね」ということで、それ以上ではない。それともう一役のジャンヌ・ダルクは、新国立のソニンも同じくでなんとなく「掴めない役」に思えた。

 光って見えたのは、サフォーク伯爵の池内博之。これは新国立版で村井国夫がやったんだけど、若い(カッコイイ)人がやることによって、情熱的なサフォークとなっていた。村井さんもよかったけど、どうしても情熱よりも包容力みたいなのを感じちゃったもの。あと、リチャードの高岡蒼甫。この役はやっぱオイシイのでもある。草刈民代は舞台に立ったときの存在感はすごいけど、どうしても声が苦手だなぁ。
 声といえば意外と台詞が多かった子役(幼きヘンリーなど)が、ちょっと聞き取りにくかったり(早口なので。やはり他の役者さんとリズムが違って)、小柄な大人の役者ではダメだったのかなぁ。

 こんな大作を半年のうちに2カ所で見ることができたのは、幸運だったと思う。欲をいえば、もっと続けて見たかった・・・というか、今もう一度、新国立版も見られたなら。

 まぁ、この大作の片割れで3月が終わったのは、年度末にふさわしかったのよね。

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コメント

お疲れ様でした。
池内クンは光ってましたね、本当に。彼は鬱屈した陰のある役が合っているし、上手だと思います。
私は新国立を見ていないので、きびだんご様の比較を大変興味深く拝読しました。浦井クンも出ていたし、頑張って見ればよかったかなあ、なんて今さら半分後悔するものの、やっぱりたとえ分割しても9時間は無理だったろうという気持ちもありで…だって、6時間、実質7時間?でもくたびれちゃったんですもの(ドロドロが強烈でした)。
掃除のオバサンの意味は、そういうことだったのですか。私には最後までよくわからなかった。なるほど、ね。

投稿: SwingingFujisan | 2010.04.04 13:06

SwingingFujisanさま
お互い、よく頑張りました!! カーテンコールでちょうど上手側にいらした吉田鋼太郎さんが、我々観客に「お疲れ様」と仰ったんですよ。

お掃除のオバサンについて。私はそう受け止めた、というだけです。演出家の意図はどうあれ、見る方は自由ですもん。最後までわからなかった、というのも勿論アリですよね。ただ、最初の掃除が長かったから、正直じれました。(ただでさえ長いのを覚悟で来てるのに、と)。「初めの5分が勝負」の蜷川舞台なら、私にはちょっと合わない導入、という感じも。
池内博之くん、ほんとカッコよかった。海賊に殺されるときが、アッサリしすぎだったなぁ。もっと見ていたかった 短縮版の宿命かしら。新国立版について、もうちょっと書きたい気もしてきました。機会があれば・・・。

投稿: きびだんご | 2010.04.04 22:00

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