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2010.07.08

タイトルの意味は?

7月7日(水) 「エネミイ」 14:00~ 於・新国立劇場小劇場

作/蓬莱竜太 演出/鈴木裕美 出演/高橋長英、梅沢昌代、高橋由美子、高橋一生、林隆三、瑳川哲朗、粕谷吉洋

 月曜日にはシアターコクーンで2階の左袖前方から見たけれど、この日は右袖・真ん中あたりから。S席は買わないゾというのでもないんだけど、新国立・小劇場のA席はお得かな、と試してみた。舞台(直木家のリビング・ダイニング)がコンパクトだったこともあって、見え方に問題はなかった・・・が、正面席が高さ的にわりと近いので、のど飴をあけるガサガサ音がやけにまっすぐ上に響いてくるのには閉口しちゃった。

 さて、予備知識としては「三里塚闘争」が素材らしい、ということくらい。じっさいに、そういう本なんかも売られていたっけ。直木家の子どもたち(しかーし、家族役の4人のうち3人が高橋姓なんだね)は30代だからわからないのは当然としても、私も三里塚、砂川、内灘etc. 何がなにやら・・・ちょっと考えないとわからない(砂川、内灘は連想して浮かんだ地名というだけ)。

 でもそういう闘争のことだと思っていたら、開演の暗転時に、バババババと機関銃の音が。えーっ、そんなの使わないよねぇ、いくらなんでも。(以下ネタバレあり)

 実はそれは直木家の長男が、やってるネットゲームであった。彼は派遣切りに合って今はコンビニで働きつつネットゲームを作って(?)副収入を得ているらしい。そこへ帰ってくる姉は「結婚したい!」と結婚相談所に登録して婚カツ中。千葉に立派な家を持ち、趣味のあれこれ(今はフラメンコ)に熱中する母がいて、定年退職したばかりらしい父親と、まあ平穏な生活のよう。

 しかし、そこへ40年ぶりに会うという、父親のかつての仲間が2人訪れる。学生時代に一緒に運動をやっていたようだけれど、今も岐阜でコミューンを作り農業に従事している2人と、会社員人生を全うした父親とは相容れない・・・というか、明らかに父親は迷惑顔。それでも3日ほど泊まって、彼らが去っていくまでの話。

 この一家のあり方がいかにも今風というか、それぞれに深くは立ち入らないで、だけど依存しあってる部分もあるのがわかる。そして一生くんも、2人の異質なオジサンに対して、とりあえず面と向かって反発できずに表面的に従っちゃう。むしろ、なんだかんだ、自分の思ってることを言える姉の方が、やっぱちゃんと向き合ってるというか。そうなの、父親と息子は、よく似てる。一生くんが、この間に心にためてためてしてきた感情を、パッと出した一瞬、若き日の父親もそうだったんだろうな(そうして運動と決別したんだろう)、とイメージできる。

 訪ねてきた2人のうち、林隆三は「思索派」であり、瑳川哲朗は「単純オヤジ」。それらも含めて、キャスト的にはイメージ通りかなぁ。一生くんのまさに今っぽい青年ぶり(流れにさからわないが、自ら動くわけでもない)が、すごくリアルに感じられた。これは身近に20代のオトコがいるから余計そう思うのかな。

 さて台風のような2人のオジサンが去ったあと、直木家に変化は起こるのだろうか。起こってほしいな。蓬莱竜太の「今」を見つめる目に今後も注目したいけど、タイトルの持つ意味がよくわからない。

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