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2010.09.08

「鰯売恋曳網」作曲者に聞く

9月8日(水) 「あぜくらの夕べ」  16::00~17:00 於・国立劇場伝統芸能館レクチャー室

新作文楽『鰯売恋曳網』を楽しむ」豊竹咲大夫・鶴澤燕三/織田紘二(聞き手)

 実はレポを書くべきネタがたまってるんだけど、とりあえず新しいものから・・・忘れないうちに
 半蔵門駅あたりに3時半すぎに行ったら、パトカーや交通整理の人が出ていて、あらなあに? 後からニュースで平河町でも大雨の被害が出たのを知った。私はほんとに近く(会社)にいたのに、全く気づいてませんでした。暴力的な暑さの後は、暴力的な雨だなんて。

 さて、こんな雨にもかかわらず、レクチャー室には人がいっぱい。当然ながら中高年男女、でありまする。ほんとリタイア世代の男性が多い。

 まず、脚色・演出を担当された織田氏が、上演に至る経緯を(ちょっと長かったかな。でも、三島由紀夫の話だから必要ではあったの)。今年は三島の「40年祭」。織田氏は三島の助手(?)だったから、あの死の2日前に「椿説弓張月」の上巻だけ、原稿を貰ったのだとか。それはパレスホテルで楯の会の人と予行演習をしつつ書いたものだったそう。ま、とにかく三島は文楽が好きで、自分でも義太夫を語ったんだって。あの声には、清元や長唄なんてのじゃなくて義太夫ですよ、とは織田氏の弁。でも、私にはぜーんぜん声の記憶はない。

 さて、肝心の作曲の話。とにかく本さえできていれば、咲大夫さんがそれを読み込み、頭の中で節はついて、それに燕三さんが手をつける、ということみたい。作曲者に聞く、ではあるけれど、むしろ新作を作るときには・・・ということがメインだったかな。

 咲大夫さんがこれを作るに当たって(上演するに当たって)、いくつか注文をつけた。それは
・振付を藤間勘十郎さんに頼む
・前にやる演目は、できるだけ陰気なものを(笑)。野崎村みたいなのはとんでもない。
・人形遣いは黒衣で
・衣裳は新品を!!(去年のテンペストはそうではなかった)

 猿源氏の着ている着物の紋は、○の中に鰯が三匹。ミシマだから(楽しんでますね~)。 おお、あぜくらの機関誌8月号の表紙には、まさにその模様がバッチリ写ってる。蛍火の裲襠には鶴。鬘は「元禄傾城」」というもので、「伊達傾城」だと時代が下がりすぎるので、とのこと。

 とにかく新作では、首もいちいち選ばなくてはならないから、織田氏が大阪の文楽劇場に行って、選んだそう(同じ文七の首でもそれぞれ違うので)。あ、次郎太の首は「鬼若」で、というのは、咲大夫さんが注文したんだっけな(もはやそのあたりが定かではない)。

 あと、「伊勢の国、阿漕が浦の~」と猿源氏が言うところの曲は、俗曲「縁かいな」の替え歌で、このあたりは、咲大夫さんの趣味というか、とても楽しそうに語ってらっしゃいました。

 最後に質問コーナーもあって、こういう年代の方々は控えめなのか時間があまったので、ついつい「黒衣で人形を遣うのは決まりはあるのか」と質問してみた。作曲とは関係ないけどねー。咲「時代物は顔を出して遣っていいと思う。世話物でリアルを追求するなら黒衣で。松竹が関わっていた時代には、スターシステムで顔を出してた」などというお返事。あと、やはり質問に答えて、拍手なども途中でどんどんして下さい、とのこと。そういう反応がないのが、語っていてツマンナイらしい。

 あと「鰯売」は、まったく東京向きの作品で、大阪ではとても受けないだろう、とも。

 新作に再演があったとしても、これを3年後にやる、ということはありえず、10年、15年後になるだろうから、自分はもうこれきりである。(だから1回と言わず、2度3度聞きましょう

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コメント

『鰯売恋曳網』は全く知らなかったですが、
以前には歌舞伎で上演されたことがあるのですね。
大阪で受けるかどうかは分かりませんが、
私は聞いてみたいです。
東京だけの上演なんて、もったいないように思いますよ!
三島由紀夫没後40年、息子が生まれた頃でした。
その息子がもうすぐ親になる…時の流れですね。

投稿: SS | 2010.09.08 22:46

「縁かいな」は、ウチにある小唄CDのひとつに入ってるんですが、義太夫節の発声で語られるととてもじゃないけど替え唄だなんて気づけないです!!!

…野崎村って、明るいんですか?!
同じ村でも…毛谷村なら明るいかもしれないけど(笑)、私なんぞ、良弁より野崎村のが暗いような気が…なんか、独特の文楽感覚って感じがしますが、私の方が変なのかなぁ。

投稿: 猫並 | 2010.09.09 07:16

SSさま
おお、息子さんは三島の亡くなった年に生まれたんですね。その時私は・・・
「鰯売」は、先代の勘三郎と歌右衛門に当てて書かれたのですが、今は勘三郎・玉三郎の当たり役、という感じです(襲名披露興行でかかった)。楽しいお芝居ですから、機会があったら是非!
でも、文楽になると、大阪の人は「なんや、こんなもん」と言うだろうと咲大夫さん。・・・うーん、入りを気にしちゃうのかなあ。

投稿: きびだんご | 2010.09.09 08:10

猫並さま
曲について何を言われても、咲大夫さんが語った段は、相当だったし、忸怩たる思いとはこのことです。ま、覚醒していたとしても、「縁かいな」だのなんだの100パーセント気づきませんが。
野崎村!! 私も、えっ!?だったのですが、三味線2挺のあの華やかさのことですよね。・・・で、良弁杉が選ばれて、どっちも討ち死にしてしまった私

投稿: きびだんご | 2010.09.09 08:19

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