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2010.10.16

TBS情熱大陸・栗山民也

 10月10日・放映。録画をやっと見ることができた。いやはや売れっ子の演出家、なんであるよ。密着4ヶ月間で、画面に出てきた芝居が4本。メインはただいま上演中の「カエサル」だけど、ほかに「黙阿彌オペラ」「ロックンロール」「イリアス」。うわぁ、どれも見てるよ、私(「カエサル」はまもなく)。

 黙阿彌は演出がどうのというより、井上ひさし作品だから、ということで。お別れの会で、弔辞を読む栗山さん。そういえば岩波新書「演出家の仕事」でも若かりし日、演出助手をした時、井上さんの台本が上がってこなかった時のエピソードが印象的だったっけ(というか、正直そこしか覚えていないかも)。

「イリアス」は役者との交流という部分で紹介されていて、稽古後の飲み会シーン(なんかちょっと微妙だ・・・)。

 おもしろかったのは「ロックンロール」の顔合わせ&本読みの時。武田真治さんが自分の台詞の「コミュニスト」という言葉にに対して、「いま自分が持ってる『わからなさ』を観客も共有するとして・・・共産主義者じゃダメなのか」と聞いたら、もちろん即座に「ダメ」。そして、今は芝居でもなんでもわかりやすくなっている、と、わかりやすさにNOと言う。三分の一くらいはわからなくていいのだと。たぶん、そのわからない三分の一を、観客が見ていく中で、見た後で、埋めていくんだと思う。
 そして具体的に一つのシーン(相手を拒絶する)が、演出によってどう変えられたかが映像で示される。

 「カエサル」に関しては、舞台美術のプランから実際にそれができて・・・というのが興味深かった。画面ではそれを使った「亡霊のシーン」の演出、そして初日のその場面を。

 ほかに「これ!」と思ったことは、「沈黙と間によって芝居をみがく」という栗山さんの言葉。先の「わかりやすさ」にも通じる部分があるかもしれないけど、とにかくどんどん展開していく、ちょっとした「間」も許されないような(わかってない、として)今、というもの(=芝居に限らず)を考えさせられた。

 それと、新国立劇場の演劇研究所で、役者を育てる仕事もしているのだが、そこで、「若い人の発語がすごく曖昧になっている」ことを指摘。これって、シェイクスピアシアターの出口典雄さんも全く同じことを仰ってたなー。確かに、台詞が伝わらなくてわからないんじゃ、話にならないもんね。

 ラストシーンは、もう次の仕事が始まっている、とドアの向こうへ消えていく場面なんだけど、さて次はいったい何かしら。

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コメント

いや~ん、これ見逃してしまったわ
私は「ロックンロール」以外は見ている(同じく「カエサル」は近日観劇予定)ので、番組見逃して残念。

若い人の発語について、まったく困った風潮だと思います。とくに舞台の役者さんはちゃんとした発音・発語をしてくれないと。

「間」は普段の生活でも大事にしたいですね。

投稿: SwingingFujisan | 2010.10.17 23:21

SwingingFujisanさま
情熱大陸のように日曜夜の番組は、わりとゆっくり新聞のテレビ欄をチェックしてるから大丈夫なことが多いんです。平日だったら、見逃してますワ、たぶん。
チラと見えた「カエサル」は、幸四郎、勝部、瑳川という重厚どころが集まってました。楽しみですね~。
若者・・・日常生活でも電車の中で聞こえてくるのが「おや日本語だったのか」なんて思っちゃうことも(←耳鼻科に行け、だったりして)。舞台じゃあ、とにかくまず言葉を伝えてくれなくっちゃ!ですよね。

投稿: きびだんご | 2010.10.18 09:47

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