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2010.11.30

映画の中のゆったりした時間

セラフィーヌの庭」 16:05分の回 於・下高井戸シネマ (12月3日まで)

Seraphine

2008年/フランス・ベルギー・ドイツ/126分

 夏に岩波ホールで上映されていて、ちょっと興味はあったんだけどやはり行かずじまい。でも、そんな時は下高井戸シネマがあるのよん。とはいえ、なんだか女性画家の話ということくらいしか知らず、画家と庭なんていうと、ターシャ・テューダーのようなイメージを勝手に持ってたんだけど、そんな予断はアハハのハでした。

 フランスの素朴派(専門教育を受けていない)画家、セラフィーヌ・ルイ。1864-1942。貧しく孤独で、家政婦をしながら「絵」に没頭する彼女の姿が、第一次大戦前、戦後、世界恐慌、1937年ごろ(?)、彼女を見出したドイツ人画商・ウーデとの関わりを通して描かれる。

 言葉はそれほど多くない。ひたすらセラフィーヌの行動を映し出す。床を磨き、川で洗濯をし(賃仕事)、料理を作り・・・その合間に、野原を歩いたり木に登ったり。大地を踏みしめる逞しい足を持っている。そして、ちょっとだけ愚鈍な雰囲気もある。それと絵を描く才能がリンクしているようで。

 彼女は誰に頼まれたわけでもなく、(神の啓示はあったかもしれないが)ひたすら描く。描かずにはいられないから描く。そんな絵に目を留めた画商・ウーデによって、人生が大きく変わることになる。そこにはフランスとドイツの対立、世界恐慌などなども影を落としている。

 いやー、とにかくセラフィーヌを演じたヨランド・モローが素晴らしい。存在感、そして「目」!手足のアップがあるんだけど(本人のなのかなぁ)、ちょうどゴーギャンのあの「かぐわしき大地」の女性を彷彿とさせる。そして一方、ウーデのピアノを弾くしなやかに細い指。なんだか、二人の全く違う境遇が、その手によって表されているかのようだった。

 結局、彼女は精神を病んでいくのだけれど、見ている間は、ウーデと知り合ったことがほんとに幸福だったのか、と思わずにはいられなかった。けれど、作品は残された。どの道、描くことしか生きていく方法がなかったとして、最後の何年かは安らかであったと思えるラストシーンが救いだった。

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