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2011.05.21

声は寄り添う

5月21日(土) 「東日本復興支援リーディング いのちを詠う -日本の現代詩から-」 19:00~ 於・世田谷パブリックシアター

出演/平幹二朗//石母田史朗、今井朋彦、浦井健治、大鷹明良、木野花、久世星佳、倉野章子、栗田桃子、小林勝也、竹下景子、仲村トオル、朴路美、南果歩//(詩人)高橋順子、吉田文憲、平田俊子、林浩平//野村萬斎 テキスト構成/林浩平

 海外からの招聘公演が中止になったため、急遽決定した催し。1週間前のチケット発売で、あっという間に売り切れちゃった。実は購入時にヘマをして、ネット上で前方センターを確保しながら、「あっ、傾斜がついてる席の方が見やすいから他にしよう」、と思ったのが間違いのもと、ビュンビュン席がなくなっていって、やっとM列の左サイドを確保。バカバカ、な私。でもまぁ、見られればどこでも、ではあるね。均一3000円だったから、1階前方と3階では差がありすぎるけど。

 仕事帰りにあせって10分ほど前に到着。いや~、いつもより早く皆さん席についている、という感じ。開演してからも入る人は少しいたけど、しーんと静かな会場だから、ちょっと大変。満員御礼なのに私の前L列の2席が最後まで空席で、見るにはラッキーだったけど、買ってた方はお気の毒でした。

 ステージ上には、谷川俊太郎「言葉」(5月12日・朝日新聞夕刊掲載)が映し出されており、それを見ながら開演を待つ。椅子がたくさん置いてある。そこへ女性が一人登場して、真ん中の列のやや左寄りに座って「子守唄よ 中原中也」と読み始める(後から、栗田桃子さんとわかった)。読み終わったところで出演者が全員登場して、それぞれの椅子に座る。そして、前列左端の萬斎さんから「挨拶」が。

 急遽決まったことなのに(劇場があいてしまい、何かできないかということで)、19人もの人に集まってもらえて・・・でも、1回もリハーサルをしていないので、どうなりますか、とのこと。いや、そこはさすがに百戦錬磨の舞台人の皆さん!

 客席も舞台上も暗いままで、読む人にだけスポットライトが当たる。萬斎「永遠にやって来ない女性」(室生犀星)、平幹二朗「「鶏」(萩原朔太郎)から、今井朋彦「緑の歌」(松本邦吉)まで10編。

 そこで萬斎さんが一息入れるべく、ちょっとお話。平さんや竹下さん、南さんが読んだ感想なども(平さんは詩の朗読は初めてだそうです)。で、ここから現代の詩人のコーナー。林浩平さんがそれそれの方を紹介する。高橋さんは現・千葉県旭市の出身で、そこは被災しており同級生にも亡くなった人がいること、吉田さんは秋田県在住だけれども、弟さんは仙台なので避難してこられた、などなど。そういうところから作られた3・11後の自作詩朗読。そして小池昌代さんの3編の詩をそれぞれ、竹下、朴、久世で(このあたり音楽あり)。

 その後、また前半と同じように堀口大学、金子光晴・・・の詩が読まれた。そろそろ終わりです、となって、出演者の紹介。詩の一つずつでは拍手しなくていいですからね、ということで、ほんとシンとした会場だったけど、ここではもちろん盛んな拍手を。あれれ、茨木のり子の詩がプログラムのリストにあったのに?と思っていたら、最後に、全員が前に1列に並んで、「見えない配達夫」「はじめての町」を、数フレーズずつ。

 トータルで100分。我々は文字テキストを持っていないけれど、その分、頭でイメージを作る。声に感じる優しさや力強さ、安心感などなど、役者さんの個性とともに、スッと受けとめられた気がする。そんな風に、一人一人の声を静かに聞くことで、この状況に「寄り添っていく」気持ちも、湧いてきたように思う。

 終演後には、前回の解体新書の時と同じく、フランス式に白い大きなクロスの中にお金を投げ込んで行く方式で募金を。あ、もちろんこの公演の収益も義援金となるのだけれども。

 B4の紙(2つ折り・表裏)1枚に印刷された質素なプログラム。そこに書かれた芸術監督の言葉を記しておく。
震災を目の当たりにし、“劇場”とは何かを考える。生きている人間が創り、生きている人間が演じ、生きている人間が観る。そして生きている喜びを分かちあう。
詩という最少単位の劇世界で、今生きていることを考えたい。

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