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2011.08.24

「うちは幸せになってはいけんのじゃ」

8月24日(水) 「父と暮せば」 14:00~ 於・紀伊國屋サザンシアター

(こまつ座第94回公演)
作/井上ひさし 演出/鵜山仁 出演/辻萬長(福吉竹造)、栗田桃子(福吉美津江)

 気になっていながら予定が立たないできてたけど、今日なら行ける!と。そしたら千秋楽だったのねー。そんな次第だから、最後列だったけど、センターだしじゅうぶんよ。

 初演は1994年だったかな。その後もキャストを替えながら何度も上演されているけど、私は見るのは初めて。黒木和雄監督の映画は(WOWOWで放映されたのをDVD録画してもらって)見てる。後で見直してみようっと。

 舞台は1948年7月の広島。一人で暮らす美津江のもとに原爆で亡くなった父親が幽霊となって現れて、あれこれと娘の世話を焼く。父親や親友を原爆で亡くし「生き残った」罪悪感を抱え、また原爆症におののきながら、ひっそりと生きる美津江の恋を応援する父。この2人のやりとりが、時におかしく、時にせつなく・・・。

 先に映画を見てしまったせいか、舞台の方がもっと「笑い」があるんだ、という印象が強い。いや~、それにしても娘がかわいくて仕方ない、なんとか幸せになってほしいという父親(幽霊だけど)の辻さんを思うと、また涙が出ちゃう。よくできた娘と違って、ガハハという感じのおやじさんなんだけど、無条件の愛情、だね。

 2人の、普通に喋っている言葉が、きちんとはっきり届くんだわ。だから、一瞬でも何言ってるかわかんない、というストレスがない。ま、広島の方言は、わからない人もいるかもしれないけど、そこはホラ、雰囲気で感じ取れるでしょう。私は近隣語だからほぼOKよ。

 美津江にとっては、ピカが落ちた時に一緒にいた父親を捨てて逃げたこと(語られる情景が悲しい)、親友ではなく自分が生き残ってしまったことが、あまりに大きい。そんな彼女の言葉を聞きながら、やはりどうしても大震災のことを思ってしまう。たぶん阪神・淡路大震災の後もそうだったと思うけど、せっかく助かった命を、どうか大事にしてほしいと思わずにはいられない。そして、今は原発のことがあるだけに、さらに抱える物は大きい。

 ラストの希望が、嬉しいはずなのに、現実がつらく思えてしまう部分もあるなぁ。

 夏休み中だから、小学生のお子さんもちらほら。私の前2列ほどは、高校生くらいのグループで、若い世代が真剣に見て、涙してるのに救われる思いも。私もボロボロぐじゅぐじゅ、でした。

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コメント

演舞場でお会いした時、「観たいけれど都合がつきそうもなくて」とお互い諦め模様でしたのに、ご覧になれたんですね!

ユーモアと切なさが同居していて、観終わった後にしみじみと「良かった」と思えるお芝居が好きです。
今回見逃してしまいましたが、次回は是非!と思っています。

身近な人を亡くして生き残った方達の苦しみと悲しみは、その立場になってみなければわからない程に暗く深いものだと思います。
震災後、何かにつけそのことを思わずにはいられません。

投稿: 尚花 | 2011.08.28 13:43

尚花さま
そうなんです!! ちょうど昼間はあいてるなぁ、と。これが、3時間もあるようなお芝居だったら、演舞場とのハシゴは躊躇してたと思いますが、まぁ大丈夫と入れて、ほんとによかったです。きっと今後も長く続けられていくでしょうから、次回はぜひ!!
「父と暮せば」と同様にずっと気になっているのが「この子たちの夏」(朗読劇)なんですが、一度も見てないです(今年は予定が合わなかった)。そもそも「勇気」がなくて。もう大丈夫、かなぁ。

震災以降、ほんとに「気持ち」が変わってる、と思いますし、それを忘れないでいようと思います。 

投稿: きびだんご | 2011.08.29 08:26

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