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2011.08.31

未来のエネルギーはどうあるべき?

8月31日(水) 「ミツバチの羽音と地球の回転」 於・下高井戸シネマ(9月2日まで)

監督/鎌仲ひとみ 制作/グループ現代 135分

 震災とそれに続く原発事故がなければ、見てなかっただろうな、と思う。そんな程度の意識で暮らしてる私です・・・。
 30年も原発反対運動を行っている山口県の祝島の生活と運動の様子を中心に、未来のエネルギーはどうあるべきかをスェーデンに取材もしたドキュメンタリー。

 祝島のことは(名前は)知ってたんだけど、冒頭に、貴重な収入源であるひじきの収穫風景が出て、「おお、食べたことあるよ!」くらいかな。あと、びわ茶もね。岡山出身の私としては、やはり瀬戸内の島は身近に感じるし、まして建設計画があるのは、中国電力の原子力発電所だからねぇ。

 抗議行動の中で、町議会(建設のための埋め立て許可を出す)の傍聴をさせろさせないのやりとり、資源エネルギー庁(原発建設中止を求める署名提出)の担当者の言葉・・・まともにぶつかるのがむなしくなるよう。そういった事は、被災地のあちこちで現実に起こっていることでもあるに違いない。個々の生活実感が、組織や手続きの論理に立ち向かうという意味で。

 それにしても、今見るからさらに暗示的な言葉たち。

 埋め立てのためのブイを設置する作業を阻止する、海上での抗議行動の過程で、中電の社員が「海が壊れることは絶対にありません。絶対にと言っていいほど壊れません」と言ったのには、客席からも失笑が・・・。それに対して、「絶対と言って、絶対のためしはなかった。(いろいろ例示) 軽々しく絶対なんて言葉を使うから、嘘つきと言われるのがわからないのか」

 あるいは、エネルギー政策の転換へ向けての活動の中で、「原子力を巡って、安全と便利を東京が使って、危険とごみを地域に押しつけてきた」という言葉。・・・そういうことだと、わかっていたの、みんな。

 祝島の人たちも原発計画をつぶすことはできないことはわかっていて、でも引き延ばすことはできる、その間に社会情勢が変わって原発が必要ない世の中になれば、そういう世論形成ができてくれれば、と言っていた。しかし、レベル7という最悪の事故のかたちで、それが現実のものになるとは。いや、現実になってるとは言えないのか(脱原発はどうなる?)

 そう、無自覚にでも祝島のひじきを食べたりしてたことには意味があったかもしれない。その祝島は自然エネルギーで自立する島を目指している。

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