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2011.09.28

三島の死から41年!

9月28日(水) 「朱雀家の滅亡」 12:00~ 於・新国立劇場 小劇場

作/三島由紀夫 演出/宮田慶子 出演/國村隼(朱雀経隆)、木村了(朱雀経広)、香寿たつき(おれい)、柴本幸(松永璃津子)、近藤芳正(宍戸光康)

 積極的に、是非とも見よう、ということもないまま来ていたのだけれど、先日「天守物語」のチケットを買うためにボックスオフィスに電話したとき、B席が買えたので、んじゃぁ、と。舞台の形状が特殊で、前方にほぼ正方形に張り出しており(そこが侯爵・朱雀家の客間)、その左右にも客席が各3列あった。舞台の後方は朱雀家の庭と、屋敷内にある竹生島の弁天様を祀った社、、シンプルな構造、装置である。B席はいつもの上から見おろす左右。私は左側から32から見たのだけれど、ちょうど31(舞台寄り)が空席で、ラッキー!

 しかしいつもながら、新国立劇場のマチネに行くと、平均年齢高いよね、と思っちゃう。ええ、私もその一人ですがっ。

 ・・・で、この朱雀家の前に見たのが「悩殺ハムレット」で、ものすごく今ふうに、みんなが(王でさえも)「ありえねぇ!」なんて言ってたものだから、今日の、それとは180度ちがう、「ごきげんよう」「ごろうじあそばせ」etc.の落差に、ほとんど笑い出しそうだった。 

 いや、むしろ今日の台詞の方が、頭にすんなり入ってくるというのが、現実なのよ。それは認めなければ。

 舞台は戦況が厳しくなっていく頃(たぶん東條内閣の瓦解ころ)から昭和20年の年末まで。宮内省で侍従長を務めており、「お上」の信任あつかった朱雀経隆が職を辞し、「何もするな。何もせずにおれ」と、言い続けて・・・「そして誰もいなくなった」、彼以外には、というところ。

 とにかく私には、台詞の美しさが特に印象的。今ではあまり使わないような、とりあえず話し言葉としては聞かないでしょ?という、理解するのにちょっと時間がかかるものも。美しさと古さがミックスされて、もはや大過去の戦争末期(の華族の家)に、違和感がない。演じられる「時」と、「現在」の隔たりも、言葉が表していたのかも。

 私は三島由紀夫はそれほど読んでなくて・・・なんだかねー、見ながら彼の屈折した女性観みたいなものを感じちゃったな。もちろん朱雀経隆を通して語られる、「天皇と私のあり方」?もね。しかし、象徴天皇制60年超ですわ。そして、三島自決をリアルタイムで記憶している、それがもはや41年前のこと、という事実に、驚くしかない。

*近藤芳正を見ると、「オクトパス!」だったなぁ。パルコ劇場の「90ミニッツ」の本チラシも入手。

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