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2011.09.24

2日続けて狂言の会に行く

9月23日(金・祝) 「東西狂言の会」 14:00~ 於・三鷹公会堂

解説(萬斎)、「昆布売」万作、幸雄 「鐘の音」茂山あきら、茂山童司、丸石やすし--休憩--「」萬斎、高野和憲、月崎晴夫、深田博治ほか

 毎年恒例、三鷹の「東西狂言の会」。今年も、近くに住む友人と一緒に見る。もっと誘いたいのはやまやまだけれど、少し不便な場所なので、よほど好きな人か近所の人じゃないと、誘いづらいよ。
 開演前にひとしきり、前回(去年の12月)のことを喋った。あの時は、公演前日に千之丞さんが亡くなられたのだけれど、まさかその時に出演されてた万之介さんまで、20日あまり後には旅だってしまわれるとは・・・。

 さて、解説は萬斎さん。いつからかそれが定着してる感じだなぁ。いつものように軽妙に、狂言の約束ごとや、本日の演目の説明を。
 たとえば、昆布売りが持つ昆布は、(野村家では)竹に烏帽子を挟んで昆布に見立てるのだが、近年はそうではなくて別に作った、とか、昆布=コンブと関東では言うが狂言ではコブ。ずいぶん前に茂山家と合同で「こぶ取りじいさん」をやった時に、昆布と「こぶ」どちらも「おコブ」なので困った、、などなど。

 「鐘の音」で回る鎌倉のお寺の名が、茂山家(大蔵流)と野村家(和泉流)では、(先ほど聞いたところでは)一つだけ違う。大きな違いは、和泉流では主と太郎冠者しか出てこないけれど、茂山流ではもう一人、仲裁人が出てきて「「まあまあ」とおさめること。「いつか和泉流のも見て下さい(笑)」。

 「茸」は「くさびら」と読む・・・大蔵流では「菌」という話は出なかったな。とてもわかりやすい狂言なので、海外にもよく持って行く。70年代にアメリカで父がやったときには、ベトナム戦争批判だ」という評が出た。90年代のニューヨークでは都市に住み着くゴキブリにたとえられた。ある種、自然破壊の末のように出現した、取っても取っても出てきてしまうもの・・・今ならさしずめ?

 「昆布売」は、前にも万作さんで見たことがあるなぁ、と、見ているうちに思い出した。昔は狂言といえば、ことばのやりとにの面白さにアハハと笑ってたんだけど、最近、特に万作さんが演じられる舞台では、謡の部分に意識が行くことが多くなった。今回も、主客逆転してのち、昆布売りから様々な節で昆布を売るように言われて、歌うところがよかったなぁ。まず石田さんの昆布売りが手本を聞かせ、その後で、というかたちで。これって若手がやるにはなかなか大変ですわね~。私は正面2列目で見ていて、すっごく暑そうに汗をかいてらっしゃる石田さんがよく見えた。いや、客席にいても途中、扇子でパタパタしたくなったもん。舞台上では汗もふけなくてお気の毒でした。万作、萬斎の親子はあまり汗をかかないタイプかもしれん。比較の問題、かな。

 「鐘の音」。和泉流だと鐘をつくところや、その鐘の音などが、もっとオーバーだったっけ、という感じ(ほら、和泉流のも見たくなる)。仲裁人が出てきた後、太郎冠者が鐘の音の説明を謡い舞う部分に比重が置かれているから? 茂山あきらさんが後半ちょっとエネルギー切れに見えてしまった。

 「茸」は、「修行を積んだ立派な山伏」みたいに説明された(気がする)けど、どう見ても、いかがわしいあやしいヤツだなぁ(笑)。あ、でも、病人がよくなったりして依頼した何某は信頼していたのだから、やっぱり優れてるのか。そんな山伏ですら、おちょくられてしまう不気味な茸たち! ほんといろんな面、茸の笠のかたち、衣装などなど、楽しかったなぁ。

 帰りは公会堂前に待機してた臨時バスに乗って吉祥寺へ。いつものように東急裏付近のお店を覗いたりした後、ビール!! 狂言&(三鷹じゃなくて)吉祥寺を満喫の一日でした。

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コメント

そういえば、茂山さんで昆布売を見た時にも「こっちではコンブていうみたいですが、京都ではコブなんですゎ」という解説を聞きました。
そして、鐘の音では、関西弁では「値」と「音」は同じ「ね」でも発音が違うので聞き間違えたりはしないんですが、それをいっちゃ成立しない話なので…と、千之丞さんの解説で聞いた記憶があります。私は野村さんの鐘の音が見たいです!

同じ曲を続けて見比べるのは飽きちゃいそうですけど、片方の記憶があるうちにもう片方を見比べられる機会が訪れてくれるといいなーって、いつも思います。

投稿: 猫並 | 2011.09.24 18:56

猫並さま
休日に三鷹くんだりまでいらっしゃる元気があれば(そして野村家メインですが)、ぜひおいで頂きたいものです。
狂言の解説を聞くのも楽しいですよね。特に東西狂言の会だと、「違い」という点にポイントがおかれるので、なおさら。
鐘のつき方や擬音など、ずいぶん違ってました。和泉流だと全部、太郎冠者が自分で搗くし(だったはず)。私も、この茂山さんの「鐘の音」の記憶が鮮明なうちに、野村家のを見たいです!!
やっぱりねー、野村さんちは「ピシッ、ぱきっ」のイメージだな。

投稿: きびだんご | 2011.09.24 22:45

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