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2011.11.23

一人芝居を見てボロ泣き

11月23日(水・祝) 「線路は続くよどこまでも」 14:00~ 於・シアター711

(小宮孝泰一人芝居 vol.2)
作・演出/鄭義信 出演/小宮孝泰

 今日は仕事の予定だったけどキャンセルになったので、これ幸いとこの一人芝居を見ることにした。上演期間が短いから(11/22~11/27)、うまく予定が入れられず、仕事の様子を見て当日券で行くしかないか、と思ってたんだけど、無事に見られてよかった!!

 しか~し、油断大敵。シアター711は下北沢(南口)駅前だと思いこんでた。駅の階段を降りてふと見ると、違うじゃん(あるのはOFF・OFFシアターと駅前劇場)。キャー。じゃあいったいどこなのっ?
 こんな時はすぐにスマホを出して・・・あわわ、地図を見ても「ここはどこ」状態で、何の役にも立たなかった。すぐ近くに「劇」小劇場があるのはわかってたから、そこの窓口で聞いたら、丁寧に道順を教えてくれた。な、なーんとスズナリの隣だったのかぁ。予定では開場時間の1時半には着いてるつもりだったのに、ちょっと遅れた。着いた時には、入場待ちの行列が動いているところで、その尻尾にくっついて入った。自由席なんだもん。

 中に入ったらすでにかなりの席が埋まっていて、最前列(座布団)か最後列(ベンチ)しかほぼない状態。最後列センターを確保して開演を待つ。最終的に、両側通路に補助椅子も出て、満員!

 前回と同様に、旧国鉄の詰め襟の制服と帽子をかぶった小宮さんが出てきて、前説。物語の舞台である朝鮮半島の地図や、歴史的な背景、そしてそもそもの発端である小宮さんの父親のことなどを。前説から本編への入り方がスーッと自然なんだなぁ。

 時は1945年8月16日からの1年余。場所は朝鮮鉄道・新安州駅から、苦労を重ねてたどりついた釜山まで。新安州駅の駅長さん夫婦が主人公である。若き日の小宮(父)さんは、この新安州駅で働き、途中まで一緒に行動するも先に日本へ向かい、駅長さんはその責任から出発が遅れたのである。

 正直、「“日本敗戦”下の朝鮮半島」の変貌を、笑いを含めて描く冒頭部分は、笑いはするんだけれどなんとなく乗り切れない感があった。でも、ここでドタバタや「笑い」があることは、後のかなりシリアスな展開への救いかもしれない。

 新安州から移動していく途中、集団で学校の講堂のような所に住む。畳1枚に大人2人と子ども2人ですよ、なんていうとき。あるいは途中で死んだ子どもを埋めていくしかない(しかも道具がなくて深く掘れない)というとき。時代も状況もちがうのに、やっぱり震災のことを思ってしまう。
 けっきょく、つらい目に遭うのは普通に暮らしていた人々で、お金や権力がある人はさっさとうまくやりすごしたんだろう、とか、「無策」ゆえに辛酸を舐めるんだとか、同じ苦労をしているのにその中でさえも差別があるとか・・・今と重ねてしまうのよ。そんな見方がいいか悪いかは別として、そう見てしまう現実がある。

 駅長夫人は、きっといつでもおっとり周囲をなごませるような人。だけど、いざ!という時にはとても強い人。ふかし芋が大好きで、1年の間にすっかり痩せちゃって・・・そして蛍になって彼の地に残った人。一人芝居だからこそ、自分でイメージが描けるというもの。

 あ~、ボロボロ泣いちゃいましたです。11月22日が初日で、この「いい夫婦の日」にペアチケットが割引だったのは、当たり前だったのだわ!

 前説で、「戦争といっても湾岸戦争などではありませんよ」と笑わせる、もはや66年も前のことだからこそ、小宮さんにはこの作品を大事にずっと伝えていってもらいたいと思う。

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