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2012.01.10

「理解するのではなく、受け止め考える」舞台

1月10日(火) 「寿歌(ほぎうた)」 15:00~ 於・新国立劇場小劇場

シスカンパニー公演
作/北村想 演出/千葉哲也 美術/松井るみ 出演/堤真一(ゲサク)、戸田恵梨香(キョウコ)、橋本じゅん(ヤスオ) SCENE/プロローグ、景一・花火、景二・火垂、景三・風雷、景四・惜雪

 初演時(1979年)、衝撃をもって迎えられ、上演されてきたという「寿歌」の存在を、私は全く知らなかった。このシスカンパニー公演と、加藤健一事務所の「寿歌」公演が続くので、にわかに「なになに?」というところで。私自身は、単に魅力的なキャストと、新国立劇場の小劇場という空間の魅力から、見に行くことを決めたのだった。だから、というわけでもないけど、上から見おろすA席(左側)。舞台上にはリヤカー以外何もないから、この位置でも充分だったと思う。

 (ネタばれあります)

 核戦争が終わった後らしいけれど、まだ「残り物」の核ミサイルが飛び交い爆発している(制御不能だからね)。そんな中をリヤカーを引いて旅をする芸人のゲサクとキョウコ。そこへ「ぬっ」と現れる不思議な男・ヤスオ。

 ここはいったいどこなんだろう。関西弁で喋ってるし、漫才(もどき)も、ゲサクとキョウコはやったりするけど、だからといって、私にはたとえば大阪とか、具体的な場所はイメージできなかった。おまけに、ラスト近くに語られる地名(めざす場所)は、エルサレムであり、「モヘンジョダロなのだ・・・。パンフレットのストーリー紹介では、「核戦争ですべてが廃墟と化した、ある関西の地方都市」とあるものの、そう特定する必要もなさそう。

 アドリブ的なシーンや、くすりと笑えるところもあるけれど、その場の台詞が持つ意味を果たして自分がどれだけ理解できたのか? かなりこころもとない。でも、理解するとかじゃなくて、感覚的に受け止めることこそ大事なんじゃないかなー。という意味で、美術や音楽、照明などがとても美しくて、まさに感覚的舞台だった(関西弁の台詞に反して・笑)。

 橋本じゅん演じるヤスオという、正体不明の男の存在感がいい。正体不明とは言いつつ、ヤスォ→ヤソ、という連想はすぐ働くようにできてるけど。テンションが高い堤・ゲサクを相手に、徹底して抑えた演技。
 今日、劇場に行く前に家で見ていたテレビのスポットで、「とんび」(NHK)を見たけど、あの昭和の労働者の姿といい、この舞台での地下足袋&ニッカーボッカー風衣裳といい・・・堤さんは妙にこんなカッコが似合うのだワ。
 戸田恵梨香は上から見おろすと、イメージ的には中嶋朋子に近かったな。役名のキョウコがキョコウとは、気づかなんだが。

 阪神大震災と、去年の大震災以後、いずれも「寿歌」の上演以来が増えているのだという。(ただし、このシスカンパニー公演は、震災前に決定)
 「寓話」として、いろいろに解釈できるだろうし、個人の受け取り方も変化していくかもしれない。今の時点では、美しいホタルの光とか雪に、再生や浄化をイメージしつつ、どこかをめざして歩いていくんだよね、君たち、ってところかな。

 折角の機会だから、加藤健一事務所の「寿歌」も見てみたい。

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