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2012.03.01

息詰まる「BEE」の75分

2月28日(火) 「THE BEE English Version」 19:00~ 於・水天宮ピット

原作/筒井康隆 共同脚本/野田秀樹・コリン・ティーバン 演出/野田秀樹 出演/キャサリン・ハンター(井戸)、グレン・プリチャード(安直/小古呂/小古呂の息子/リポーター)、マルチェロ・マーニ(百百山警部/シェフ/リポーター)、野田秀樹(小古呂の妻/リポーター)

 初演は2007年。もうそんなに経つのね。あえて前回のおさらいもなにもせずに見に行った。2007年には、日本語版(日本バージョン)の方が英語版(ロンドンバージョン)よりも先に上演されたので、ストーリー的な部分はそちらをよく覚えていた。印象的な、「指」を切る暴力のシーンなどね。でも、役者の存在感では、キャサリン・ハンターの記憶が群を抜いてた。

 今回もなぜか最前列で、前回シアタートラムで上演された時も、両バージョンともに最前列だったから、不思議な巡り合わせだ(4月末に見る予定の日本語版は最前列じゃないけど)。舞台の位置が水天宮ピットの方が高くて、少し見づらかった・・・ような気がするけど、なにぶんかなり前のことだから定かではない。だって、英語版の舞台装置の鏡のことなんて、すっかり忘れてたんだもん。

 直接的には、2001年の同時多発テロとそこから果てしなく続く暴力の連鎖、から作られたのだけれど、それは2012年の今も、きわめて現実的だし、もっと小さな、日常の中にも「BEE」は飛び回っている。その「身近な感覚」を今回、ぞっとするくらい強く感じた。

 平凡なサラリーマンの井戸を突然おそった悲劇・・・それは、一つの事件が起こったとき、捜査する側、報道する側が、自分たちの論理からのみ井戸を扱うことから起きた、ともいえる。そこを野田は容赦なく衝く。国家間テロには一個人は無縁と思っても、これは無縁じゃない気がしてくる。
 そして「手段」だったはずの暴力が、いつしかそれ自体「目的」となってしまう恐ろしさ。くるってる、けど止められない・・・。

 いやぁ、今回も圧倒的なスピード感と濃密さで、ノックアウトされましたわ。キャサリン・ハンターの井戸と、野田秀樹の小古呂の妻、という実際の性とは逆の役が、舞台の上で起きていることを冷静に受け止めさせている。

 何回かあったカーテンコールも、あっさりしてて、この舞台の重さから現実に戻るいいクッションとなった気がする。

ところで毎度のことながら、開演を待つ間にかかってる音楽が不思議。マグネット・ジョーがどうしたこうした、とか、すごく残酷な歌詞をいやに明るく歌ってたりとか、いかにも古くさい曲たちなんだけど、妙に気になる。

 

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コメント

お目にかかれて、お話しもできて、よかったです。あの暗さだと、私は、もしかしたら見つけ出せなかったかもしれません…

前回、英語版を見なかったのは失策だったなぁと、今回ようやく思いしりました。
単純に語学上の違いではないし、キャサリン・ハンターが凄い役者だっていうだけじゃない、演出上の違いからくる大違い!もあったんですね。日本語版で、配役を逆転させないのはなぜだろうって、あれからずっと考えています。
もしかして、キャサリン・ハンターに匹敵する女優がいないから?
んー

投稿: 猫並 | 2012.03.02 21:16

猫並さま
いや~、あの気持ちを抱えてそそくさと電車に乗る、なんてことにならず助かりました。ちょうど仕事もうまいこと終わってくれて早めに行けたし いい日でありました
そういえば、私は「BEE」の前の「赤鬼」@コクーンの時に、日本語バージョンしか取らなかったのを深く悔いたのですよ。確かロンドン版とタイ版もあって、タイのがとくに好評だったもので、とにかく次からが全部見なきゃっ、と。
野田秀樹が両方の役をやりたかった、とか(爆)。いやいや・・・日本だと宝塚の男役、みたいなイメージがあるから?? ほんとどうしてなんでしょうね。今回の日本語版では、役者が2人も代わってるから、さてどうなりますか。私はつい楽日の近くも取ってしまったんですが、さっき発券したら「G列4番」でしたよぉ

投稿: きびだんご | 2012.03.02 23:07

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