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2012.03.28

15年以上ぶりに「ガラスの動物園」を見た

3月26日(月) 「ガラスの動物園」 18:30~ 於・シアターコクーン

(シス・カンパニー公演)
作/テネシー・ウィリアムズ 演出/長塚圭史 翻訳/徐賀世子 出演/立石涼子(アマンダ)、深津絵里(ローラ)、瑛太(トム)、鈴木浩介(ジム・オコーナー)//ダンサーたち

 ぜひ見たい、という俳優さんたちではなかったけど・・・長塚圭史演出だから見たのかな。いや、それ以前にT・ウィリアムズの「ガラスの動物園」だから見たというのが正確なところだな。

 いつか書きたいと思っているのが(そのうち書く!)、1990年代の半ばに見た「ガラスの動物園」。偶然、そのチラシが手もとにあるんだけど、劇場も同じシアターコクーンだった。上から見下ろした記憶は強く残ってるから、2階席から見たんだね、きっと。90年頃に見た「熱海殺人事件」と、その後のコクーンのいくつかのお芝居、特に「ガラスの動物園」あたりが、いまにつづく観劇生活の根っこになってると思う。当時は年に何本も見てなかったよ。

 長塚さんの「ガラスの動物園」では、ダンサーたちが印象的。場面転換もしちゃうしね。でも、不思議とあの空間になじんでたな。

 あとは・・・案の定、というべきか、俳優たちはまあイメージしていた感じ。私はどうしても、立石涼子のアマンダが好きになれなかった。いや、好きになれないタイプで、アマンダとしては正しいのかもしれないけれど。子供たちを(もう大きいのに)支配し続ける母親なんて、ぞっとするもんね。
 でも、そこを百歩譲っても・・・ラストのトムとの決裂シーンの言葉が、怒鳴ってるだけで全然伝わらなかったことは、決定的。そういうのは嫌いなので。

 瑛太も、もっとナイーブな雰囲気が伝わって来てもいいんじゃないか、などと思ったりした。

 2幕になって、鈴木浩介が出てから、救われた感もあるかな。芝居の空気として。でも、ある意味、そういうオイシイ役でもあるんだ。そこを好演したのよね、たぶん。

 で、深津絵里。今はちょっとなんて書いていいかわからない。いや、うまいんだと思うしよかったんだけど・・・何か違うものを私が求めてるのか?

 「欲望という名の電車」はしょっちゅう上演されるけど(最近のは見てない)、これはそうでもない。また別のカンパニーでも見たいな。

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コメント

この作品には結構思い入れがあって、実はすごく楽しみにしてコクーンに行ったのですが・・

猫並さんの所にもコメントしましたが、私もアマンダに全く共感できず、嫌悪感を抱くばかりでした。
原作を読んだ時にはそんなことを感じた記憶がないので、立石さんの役作りに対して拒否反応を起こしてしまったのかもしれません。
瑛太くんのトムにも魅力を感じることができず、それも残念でした。
深津さんは少し演技過剰かなとも感じましたが、いつも何かに怯えているローラが深津さんの中にちゃんと見えました。

ジムとローラ、二人きりの場面が好きでした。
肋膜炎をブルーローズと聞き間違えて、ローラをそう呼んでいたジムとそう呼ばれていたことが嬉しかったローラのエピソード、「誰かが君にキスをするべきだ」と言ってローラにそっとキスをする場面。
この二つは今も昔もやっぱり好き(笑)

投稿: 尚花 | 2012.03.28 11:34

尚花さま
自分の中に、大事なイメージがあると、いま目の前に見えるものが、なかなか受け入れられなかったりしますよね。
それにしても、やはりアマンダは・・・、でしたか。キャストを見た時、一番危惧してもいたのです。立石さん、それほど多くは見てないけど、脇で存在感を発揮する、というタイプかな、と。おばちゃん的じゃなくて、もっと毒々しいママ(?)、がいいな。

1930年代のアメリカだけど、(ローラなんて今から見れば化石のような存在だけど)、でも親子の葛藤とか、内に籠もってしまうこととか、あせりとか、理解できますよね。だからこそ、また別の感じの舞台もぜひ見たいです。

投稿: きびだんご | 2012.03.28 20:59

私はやっぱりオヤジだからか、それとも2階席のせいか!絶叫するアマンダを見ながら、しのぶちゃんの時のトタン屋根のママを連想して見てました。どっちの母親も伝統を固守することで自己肯定する感じが共通だけど、夫に逃げられたヒトと夫が死にかけてるヒトの違いだー、なんて(笑)
私はジムが…話し方教室に通ってて野心に溢れたイケてないアメリカ青年の器用で不誠実な感じと、ローラの異常いっぱいの純粋さの交錯シーンを期待してたんですけど…
アマンダとジムの共通性を意識させない演出ってことなんでしょうか。

投稿: 猫並 | 2012.03.28 22:40

猫並さま
こんばんは。お返事が遅くなりました。
私はテネシー・ウィリアムズの3作は、どれも女性が叫んでる(あるいは追い詰められてる)ような印象があるなぁ、なんてのは思ったんですが、特に「トタン屋根~」を思い出すってことはなかったです。
もしかしたら、いま現在「親」であることで「支配してしまう」感覚が、必要以上になまなましくて、嫌悪感を覚えてしまうのかもしれません。

そういえば、お芝居としては単純な構造だったんでしょうか・・・。見ながら、あのローラは猫並さんはいやだろうな、と実は思ってたのでした。

投稿: きびだんご | 2012.03.29 22:47

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