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2012.07.18

澤瀉屋と市川宗家

7月16日(月・祝) 「七月大歌舞伎 夜の部」16:45~ 於・新橋演舞場

将軍江戸を去る」團十郎(徳川慶喜)、中車(山岡鉄太郎)、猿弥(間宮金八郎)、月乃助(吉崎角之助)、右近(天野八郎)、海老蔵(高橋伊勢守)ほか 口上(猿之助、中車、團子:團十郎、海老蔵) 「黒塚」猿之助(老女岩手 実は安達原鬼女)、門之助(山伏大和坊)、右近(山伏讃岐坊)、猿弥(強力太郎吾)、團十郎(阿闍梨祐慶) 「楼門五三桐」猿翁(真柴久吉)、段四郎(左枝利家)、海老蔵(石川五右衛門)

 少し年上の友人たちと「一度は見たいよね」の襲名興行へ。私は先月も見たわけですが 少しだけフンパツして3階Aにしてみました。

 今回は全体を通して、市川宗家の存在感を感じたかなぁ。といってもそれはもちろん威圧だったりではなくて、ひとつの大きなもの、として。芝居がどうこう言う以前の、劇空間に広がりをもたらすものとして。口上が先月とは打って変わって、5人だけだったこと、團十郎-中車、團十郎-猿之助、猿翁-海老蔵、という狂言立てが、否応なくそんな気分をもたらすのでしょう。

 ところで「将軍江戸を去る」では、いきなり(幕が開く前から)カラスの鳴き声! 私なんか目下、カラスを目の敵にしてるから(実は極悪カラスに遇わないよう駅までのルートを変えてる)、トホホホ まあ中車さんが出てからは、そんなことはどこかへいったかなー。

 昼の部のヤマトヤケルを見た時には、中車の喉が心配になったけど、ここでは力の入った言葉のやりとり。気迫が前面に。

 口上では、新・猿之助が思ったより短め?(いや、ヤマトタケルでも口上あるからね)。オモダカヤの歴史を語る中で、(初代か)毛利家とかかわりがあることを。んで、定紋がオモダカなの?と、先日の「毛利家の至宝展」を思い出したりした。團子ちゃんがほんとハキハキ、よく通る声で、しかも先月とはずいぶん違う、歌舞伎らしい調子にまた拍手が。

 「黒塚」は後半、ススキの原の場面が(照明も含めて)とても印象的。そして猿之助の新たな面を見たような気がする。とはいえ、全体を見るにはいいけど、ちょっと飽きもする3階、というところで。つい余計なことも考えちゃう。配役をよく見てなかったけど、門之助さんは鼻の形でわかるんだなー。それと、その大和坊、讃岐坊が座ってるかたちが、草間彌生のカボチャが2つ(ただし水玉じゃなくて縞)なんてふうに見えちゃって、一人で受けてた。

 最後はやっぱり猿翁 台詞にウッと思うところもあるけど、いや決めるのよね。初日から(一部で)話題になってた海老蔵のふんどしの下がり、やはり・・・でした。というより、着物の着付けじたいが豪快というよりはだらしないふうに見えちゃった。

Kame ←お供はオモダカ手ぬぐいと亀の飾り。

 手ぬぐいは、以前オモダカヤの某丈の下で働いてた友人にもらったもの。ほんとは猿の絵の入った扇子@文扇堂を持って行きたかったんだけど、目下、家の中で行方不明。

 

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