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2012.12.26

タイトルにひるむけど、美しくピュアな作

12月26日(水) 「組曲虐殺」 13:30~ 於・天王洲 銀河劇場

作/井上ひさし 演出/栗山民也 出演/井上芳雄、石原さとみ、山本龍二、山崎一、神野三鈴、高畑淳子 音楽・演奏/小曽根真

 井上ひさし77フェスティバル、最終作品。あぁぁ、「日の浦姫物語」だけ、見逃しちゃったな・・・。でも、「十一ぴきのネコ」や「藪原検校」をうんと楽しんだのだから、充分と思うことにする。今回、忘れずに、チケット4枚でもらえる記念品(チケットケース)を、またもらってきたよ!

 天王洲は久しぶり。今日は、新宿→神田→浜松町→天王洲アイルのルートで。乗り換えや、駅から劇場までの距離は他のルート(大江戸線を使ったり、りんかい線だったり)よりも楽かなぁ。

 「組曲虐殺」は井上ひさしの最後の作。初演時は、タイトルと小林多喜二というのに腰が引けちゃって見に行かなかった。主演の井上芳雄くんも、ずいぶん名前は見るけど、ミュージカルの人なので縁がないんだよね。

 他の作者の芝居だと、それほど脚本を読んでみたいとは思わないけど、井上ひさしだとすぐに読みたくなる(あ、三好十郎もそうか)。

 小林多喜二の生涯なんて、ほとんど知らなかったのに、そうか伯父さんのパン工場で働きながら(こきつかわれながら)学校へ行ってたのか、とか、お姉さん(高畑淳子)はこんな人で、とか、気分良く歌を聞いたり、こっけいなシーンに笑ったりしているうちに、彼の生涯をたどっている。

 プロレタリア作家で拷問死した人、というこれ以上ないくらい暗いイメージとは逆に、井上くん演じる多喜二は、まじめで純粋な好青年・・・というだけじゃなくて、女性関係(?)も、苦界にいた恋人と同志である妻が。

 狂言回し的な特高の2人(山本&山崎)が、不気味だったりおかしかったり。こんな話はそれこそ芝居としても、取り締まる一人一人の人生もそれは様々で、「血の通った」人間だろうけれど、そういう人間がまた「虐殺」もするのだ、と思わせられる。

 自由にものを言えなかった、伏せ字だらけの時代。でもねぇ、いまほんとに自由なのかな、とも思ったりするね。何十年もかかって、戦争もへて、今、何を手にしているんだろう。

 ・・・と、後から後から、いろいろ考えちゃうけど、見終わった時は変に気分はすっきりというか、美しいものに触れた感じがあったなあ。役者さんたちの力もだけど、ピアノの功績大、と思う。

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コメント

つい最近あった友人が、高校生の時に雨宿りのつもりで入った神保町の書店が、たまたま共産系だったという話をしてくれました。小林多喜二はこの芝居にも描かれているように、遺体を家族&同士が引き取ったので、その姿が細かく詳しく記録に残ってるよう。その遺体の写真集みたいなのがあって、書店でたまたま開いたらそれだったんだとか。
私は未だに、かたかたまわる胸の映写機、っていうフレーズが頭の中を回っております(井上芳雄の歌唱力のせい?)。
直後にお米とお豆腐で中和しているにも関わらず!
なので…見終わった直後の後味は悪くないけど、やっぱりこれで一年を〆るのは躊躇しちゃいます。
ピアノ、すごかったですよね。ピアノに一番感情表現が濃かったような。

投稿: 猫並 | 2012.12.27 01:14

猫並さま
かたかたかた……胸の映写機~ ですね。ほんとあの歌の雰囲気のおかげで、ピュアという印象になってるのかも。
小林多喜二は、拷問された無残な写真も雑誌なんかによく出てましたよね。というか、その写真でしか知らない。
我が家の天袋かどこかを探せば、「プロレタリア文学」と名のついた本も出てきそうなんだけど、何を血迷ってたんでしょうかねぇ。←って、学生時代の先生が近代思想史だったんだけど。

チラシで、役者さんと一緒に普通に小曽根さんが写ってますね(おしくらまんじゅうしてる感じなのかな、役者さんは)。その「一緒なんだけど違う」雰囲気が、見終わったらわかるなーと思ってます。ホリプロがらみの芝居はパンフが高いから買ってないんです。

投稿: きびだんご | 2012.12.27 10:09

えーご覧になってるんですか?写真集!
わたしは知りませんでしたよー
教養の違いか、地域格差か、文系科目をサボりすぎていた証拠か。
想像しただけで怖いです。やだやだ、そんなに普通に見る機会があるものなんですね…
そういえば、わたしは、言葉は知ってますが、おしくらまんじゅうも経験がありませんです。

投稿: 猫並 | 2012.12.27 12:27

猫並さま
いやいや、写真集を見たわけじゃなくて。・・・でも、小林多喜二といえば普通の肖像写真じゃなくて、遺体なんですよ。どこからそんなふうになってんのかなぁ。
最近は自分の頭の中で記憶を合成することも多いけど、一般的ではないとしたら、やっぱり日本史学専攻の卒業生だから、ってことに。

見てて思い出したんですが、確か米原万里さんの著書に、「地下に潜る」というのを子供の頃ほんとに地面の下だと思ってた、という話があったような。井上作品で思い出すのは供養になるかもね。

投稿: きびだんご | 2012.12.27 21:10

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