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2013.01.12

午前中に映画を見てから仕事に行く

1月10日(木) 「イラン式料理本」 於・下高井戸シネマ 1月13日まで

(2010年/イラン 監督・脚本・製作:モハマド・シルワーニ)

 イランの若い監督のドキュメンタリー(の範疇でいいのか?)。
 監督の母親や妹、妻たちが、それぞれ自分の台所で料理を作り(カメラに向かって喋りながら)、それを家族や客たちが食べ、片づけ終わるまで。

ばりばり現役のベテラン主婦から、まだ若い女性、そして年老いて料理はしないという友人の母親(撮影後、100歳で亡くなったそう)。6つのシーン(作り手は7人)。

 イランという遠い国の、文化様式も伝統も全く違う(ような気がする)人々なのに、スクリーンに現われるあれこれは、ちっとも違和感がないぞ。

 見ているとき、すごく面白かったのは、「肝っ玉かあさん」監督の義母。手のかかる伝統料理を何品も、同時並行で作る。1日の大半を台所で過ごしてるんじゃないかしら。途中で姑さんが加わって喋り始めると、嫁・姑問題がかつてあったことが判る。でも、今は「結婚当初、どうしてあんなにいじめたんですか」なんてあっけらかんと言うし、お互い言いたいことを言ってるみたい。
 でも、親は「手で混ぜなきゃ、機械じゃおいしくできない」と頑張ってるのに、子供たちはそういう伝統料理よりもパスタだのピザだのを好むらしい。

 そして、監督の妻、というからには、この義母さんの娘なのかな、と思うけど、全くタイプが違う。もはやおもてなしは缶詰ディナー。すっきり綺麗に片付いた台所。実はこの人のことが、見終わってからは一番気にかかっている。
 あきらかに新しい女の部類で、夫からカメラを向けられて、ことさらに反発もしているんじゃないかな。やや露悪的。(最終的にエンディングの字幕で、離婚したことが明らかになる) たぶん教育程度も高いと思われますが。

 同様に離婚したという監督の妹は、双子の幼児を抱えつつ、大学に通い、家事もしていた。
 そういう妻たちのかたわらで、夫は何もしない、まさに「食べる人」だった。それは年代を問わず、そうなのだ。

 そういうものとして受け入れていた世代(最高齢の女性は9歳で結婚したという。ほかにも13歳で、と言ってた女性も)。もはや受け入れられない世代、ということかしら。

 お料理はどれもおいしそう(ラマダンの期間中、夜におなかいっぱい食べる食卓風景も出てくる)。やっぱスパイスの国かなぁ。
 

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