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2013.09.21

いざ、与野本町へ

9月20日(金) 「ヴェニスの商人」 13:00~ 於・彩の国さいたま芸術劇場

作/W・シェイクスピア 翻訳/松岡和子 演出/蜷川幸雄 出演/市川猿之助(シャイロック)、中村倫也(ポーシャ)、横田栄司(バサーニオ)、大野拓朗(ジェシカ/シスター)、高橋克実(アントーニオ)ほか

 さい芸のシェイクスピア・シリーズは、見たり見なかったり。これがたとえばシアターコクーンなら、毎回見てるかも。
 今回は、生協でせっかく取れてた11日がダブルブッキングとなって売ったから(K列だったの・・・)、もう見なくていいかな、と思ってた。でも、評判いいし(買ってくれた友人からも絶賛メールが来た)、さい芸のチケットサイトを覗いたら、あらA席(LAというサイド席)が1つ残ってる。20日って、仕事用ににあけてたら暇になった日だし、行くしかない!

 与野本町まで、それほど遠くはないの。問題は駅から劇場までの道よね、と毎回思うよ。駅のあたりに建てられなかったのかなぁ。

 それはともかく。私の一番の収穫は、ポーシャ役の中村倫也くんかなぁ。美しさはもちろん、声がとてもいいし、明るいの。後半どんどん重くなっていくお芝居の中で、ホッとなる部分。彼は前は「友也」だった。「恋の骨折り損」でも女の子でしたが(6年半前だ)、この間の成長を思う。

 もちろん話題になってるのは猿之助シャイロック。身体が歌舞伎そのものなのね。あの「俺(だけ)を見ろ」という視線の集め方で、しかも自在なんだもん。それでいて、他の役者さんから浮いてるわけじゃない。なるほど、と思いながらも、でも基本的にそれほど好きじゃない自分を思い知る。
 発声というか発音の癖が気になる、というのもあるけど、「どうだ」感が苦手だからよね、きっと。歌舞伎じゃ当たり前なのに。

 芝居の中では、やはり裁判の部分が圧巻。それまでも「ユダヤ」とさんざん見下しているけれども(お金は借りてるのに)、財産だけでなく、宗教=心まで奪い取る「多数派」の残酷さが恐ろしいほど。
 「金がないのは首がないのと同じ」という言葉と同様、信じる宗教を取り上げられるのは心を殺されるのと同じだな、と。

 だから、ラストに新たに加えられた、(裁判の結果ぶら下げさせられた)十字架をむしり取る短い、無言のシーンが圧倒的でもあった。このとき、拍手もう少し待って、とも。

 幕になって拍手!で最後に猿之助登場。たーっぷり客席中を見回してからお辞儀なのね。徹頭徹尾、猿之助っでありました。役を離れたカーテンコールの時の顔は、いや~、やっぱ香川照之とよく似てる、でした。

 今月「ミュージカル ロミオとジュリエット」を見た時は、帰宅してすぐに原作戯曲を頭からさらった。「失禁リア王」はそうだったなーと、確認程度に本を見た。そしてこの「ヴェニスの商人」は戯曲本文ではなくて、(白水uブックスの)「解説」を読んだのでした。

*この流れでは、高橋アントーニオの存在感が薄くなるのは致し方ないか。市村シャイロックの時の西岡德馬はある種の色気があったけど、今回は要求されてなかったね。「髪」のある高橋さんも新鮮

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コメント

お疲れさまでした~。ほ~んと、あの距離どうにかなりませんかねえ。線路際が長すぎる!! そういえば、駅前にコミュニティサイクルのポートができていました。パリのヴェリブみたいなものかしら。これを利用したら便利かもと思いましたが、さい芸にもポートがなければ使えないし、料金もわからないし…。

中村倫也クンは前は友也だったのですか。「恋の骨折り損」は私も見たのに、覚えてない(゚ー゚; でも今回のインパクトは忘れないと思います。
アントーニオはたしかに存在感が薄かったけれど、高橋克実としての存在感はあったように思います(「髪」があって新鮮だったからかな)。

猿之助はいつでもどこでも猿之助でした。ラストシーン、何となくなんだけど、仮名手本で判官が腹を切った九寸五分を由良之助が握り閉めながら城を振り返るシーンを思い出しました。

投稿: SwingingFujisan | 2013.09.22 09:51

SwingingFujisanさま
さいたま芸術劇場、逆に言えば、あの立地でも集客力はすごいですから、蜷川さんの力を思い知ります。東横線沿線の70代半ばのオバサマから、ヘンリー4世もヴェニスの商人も行ったという報告が来ましたし。エネルギー源になってる
猿之助は、でもすっごく努力もしてるんだとは思うんですよ。だけど、不器用にしか生きられないタイプに惹かれちゃう・・・。それらを全て超えて、いいものはいい、でないといけないんでしょうねぇ。ま、素人だから、好き嫌いだけでもなんでもいいか。(あ、嫌いなわけでもなくて、歌舞伎以外でもあんなに輝いてるのが、単純に羨ましくまぶしいのかも)
髪がある高橋克実 素敵でしたね。「恋の骨折り損」の大きな木などを思い浮かべると、今回はシンプルな舞台かつそれほどビックリもしない「始まりの3分」だったかしら。

投稿: きびだんご | 2013.09.22 18:54

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