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2014.04.22

愛すべき/いとおしい、男と女

4月19日(土) 「マニラ瑞穂記」 13:00〜

作/秋元松代 演出/栗山民也 出演/千葉哲也(秋岡)、山西惇(高崎)、古河耕史(古賀中尉)、稲川実代子(シズ)ほか

見たいけど、その余裕がないよ、と思っていたら、19日がぽっかりあいた。今回もわりと安くチケットが入手できたこともあり、土曜マチネに。そうそうツイッター上でも、なかなか好評のようで。こういう時、新宿以西の劇場はそれだけで気楽だな〜。

タイトルからしても、フィリピン?くらいしかわかってない。時は1898、1899年。つまり明治31、32年のことで、これって私の祖父母の生まれた年じゃありませんか(中学生くらいの時、初めて西暦で生年を確認して、ひゃ〜19世紀の人なんだ、と思ったのよね)。

そして、この頃のフィリピンのことなんて、ぜ〜んぜんわかってません。アメリカの植民地になる前は……。そう、16世紀以来スペイン領だったのが、1899年にアメリカ領になったんだ。


フィリピンの領有をめぐってスペインとアメリカが戦い、そこには独立運動もからむ。日本からもそれを支援しようとやってくる「志士」がいる。いっぽう、からゆきさんと呼ばれる女性たちもいて、戦争の混乱を避けるためにマニラの領事館に一時保護されている。

この領事館をメインの舞台として、女衒として現れる秋岡と高崎領事の因縁、古賀の軍人としての論理、女性たちの身の上……。

いや〜、千葉哲也演じる秋元の、線の太さ。山西惇は日本領事をちょっとユーモラスに飄々と演じてるんだけど、底にはやっぱり「太い」ものがある。かっけ〜よ、二人とも。
女たちも、いま、その境遇を嘆き悲しんだりしてるわけじゃない。むしろ図太くさえ思える。が、それもギリギリを生きてきたがゆえか。また駐在武官の古賀からは、ひたすら上層部の支持に従うある種の哀しみ(本人のではなくて、そういう機構としての)が透けて見えるよう。
20世紀直前を描いた戯曲でありながら(初演は1964年)、人のあり方など普遍的なものが強くせまってくる。と同時に、ほぼ忘れ去られた、しかしわずか100年ばかり前の人々の姿。

客席が四方をぐるり取り囲むシンプルな舞台と音響も印象的だった。メインの3人(千葉、山西、稲川)以外の出演者17人は、みんな新国立劇場演劇研修所1〜5期修了生というのも、特筆すべきことだろう。特に女性陣がみな、力演だったと思う。
それにしても、からゆきさんのなれの果て(田舎に労働力として買われ、それも用済みになって、ガラスの粉を飲まされた=殺されかけたのを、領事がつれてきた。雑用をしているが、せむしで喋らず、しかし日の丸を見ると君が代を歌う)のシズが、見ている間よりも、後になるにほど存在感が増している。

若い「志士」や米兵も含めて、男たちはけっこう単純で、その真っ直ぐさが魅力的でもありアホっぽくも見える。そうして、大地のような女たち! 人が人として骨太だったんだなぁ、なんて思ってしまった。
こういう芝居にこそ、新国立劇場の矜恃、底力が見える。これからも常にそんな存在でありつづけてほしい。

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コメント

良かったですよねー、このお芝居。
今月、2回見るとしたらこれだ!と思ったくらい(なのに違うのばかり2回見ている私…)
今の自分には身近じゃないんだけど、でもすごく生々しくリアリティに溢れていて、早くも今年のベスト3候補だと感じてます。
それに、これこそ新国立の作品!と思いました。

投稿: 猫並 | 2014.04.23 18:00

猫並さま
ほんと、見逃さなくてよかったです。猫並さんが先にご覧になってたから、それを読んで、やはり行かなきゃ、だったんです。
秋岡という役は千葉哲也のためにある、と思えるほど、ハマってましたよね。
そして、生々しいリアリティ!! 確かに。
新国立劇場だからこそ、という意欲的なお芝居をこれからも期待。なんかね、まだまだ捨てたもんじゃない、って思えるから。

投稿: きびだんご | 2014.04.23 23:25

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