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2014.07.12

舞台の小栗旬

7月9日(水) 「カッコーの巣の上で」 14:00〜 於・東京芸術劇場プレイハウス

原作/ケン・キージー 脚本/デール・ワッサーマン 上演台本・演出/河原雅彦 出演/小栗旬(マクマーフィ)、神野三鈴(ラチェッド婦長)、武田真治(ハーディング)、大東駿介(ビリー)、山内圭哉(チーフ)、藤木孝(スカンロン)、吉田鋼太郎(スパイヴィ医師)ほか

このチケット、いつ取ったんだっけ。初日に勢い込んで、でもなかったと思うんだけど、東京芸術劇場のチケットサイトを見てみたら、この日のM列のセンターブロックがたった1枚、クリックしてね、という感じで出てたの。ならば、と。
小栗旬くんなのに、この消極さは、ひとえに「カッコーの巣の上で」のイメージによる。大学時代だったか、映画を見た記憶はあるのだけれど、昔はなんかあんなのばかり見てたな、という代表なわけで、若かった私の残像にぎゃっ……なんだもの。

そういえば、河原雅彦で小栗旬で、こういう演目って、「時計じかけのオレンジ」があったんだ。それはなぜかほぼすっかり忘れてた。あちらは映画も見てなかったからね、きっと。

という思い入れ?は別として、時計じかけ〜よりはるかに面白かった。面白いというとやや語弊があるかしら。旬くんが魅力的でした。
いろいろに問題があって、外の世界に出て行けず精神病院に暮らす人たち。そこを支配する(秩序づける)のは、ベテランの婦長・ラチェッド。そこへ、異分子、マクマーフィが入り込んでくるから、あらゆることがかきみだされていく。乱暴者だし、「管理する側」からは困った存在でしかない彼だけれど、当たり前のように、いろんなことにぶつかっていく姿は、いつしか一人一人の気持ちを変えていく。

特に強烈な印象を残すのは、ネイティブ・インディアンであらゆるコミュニケーションを遮断していたチーフと、吃音障害のある弱々しい若者ビリー。チーフを演じた山内さんは、第一幕は全くセリフなし(心の声のナレーションあり)。マクマーフィによって心を開き、喋り始める第二幕、最後に彼の下す決断の重さ……。

決断といえば、ビリーのこともいたましくてならない。常に(そこにいなくても)母親に抑圧されているらしいのに、この病院においては婦長がその代わりになってる。一度はそのくびきから自由になったのに、デリケートな彼の心は。

という意味でも、ラチェッド婦長の存在感は大きい。神野さん、ちょっと意外な感じの役どころで、でも、なんていうのかな、病院における秩序は自分が守る、絶対善? 母性のおしつけ。いや〜な人なのよ。いるでしょ、表だっては何も批判するところはないみたいなのに、実は、みたいな。

マクマーフィもね、決して褒められた人間じゃない。乱暴で、管理する側からはほんと忌むべき存在だと思うよ。だけど、その彼が、無気力に過ごしていた一人一人に、行動するきっかけを与えたんだよね。あぁ、だけどバカなの。……という姿が、小栗旬にピッタリだったのよ。軽いくらいがちょうどいい(話の重さに比して)と思う。

鋼太郎さんが意外に軽めの役で、(婦長さんの尻に敷かれてますか? だけどマクマーフィにシンパシー感じてますよね)、そういう役での適度な存在感は貴重なのかもしれない。ともすれば、するーしちゃいそうだもの。

ほぼ3時間の長い芝居だったけど、危惧したように重くはなくて、見応えがあった。小栗旬くんの近年の舞台では、これが一番好きだなー。

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