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2015.06.19

サブタイトルは、茨木のり子異聞

6月17日(水) 「蜜柑とユウウツ ー茨木のり子異聞ー」 19:00〜 於・東京芸術劇場シアターイースト

(グループる・ばる vol.22)
作/長田育恵 演出/マキノノゾミ 出演/松金よね子(ノリコ)、岡本麗(有田紀子)、田岡美也子(仲村典子)、木野花(岸田葉子)、小林隆(吹抜保/三浦安生)、野添義弘(喜多川俊一/川崎洋)、岡田達也(宮本浩二/谷川俊太郎/金子光晴)

今まで何度か、このブログで詩集を取り上げたりした茨木のり子。世田谷文学館での「茨木のり子展」の記憶もまだ新しい。グループる・ばるも十数年?くらい見てるけど、まさか、彼女の評伝劇を上演するとは。嬉しいけど、不安なような、ちょっと複雑な気持ち。もちろん、複雑、というのは、今までのイメージがガラガラ崩れるんでは(たとえ創作としても)という部分でした。

いつものように、事前にあまり情報は入れてなかったけど、どうやら彼女がずっと住んでた(そしてそこで亡くなった)家が舞台らしい、というのはわかってたので、「茨木のり子の家」という本を持って行った。本といっても、写真がメインのもので、開演前や幕間にパラパラ。

そして、友人(以前、ある詩人の資料整理などをしていた)を誘って二人で見たので、我々は本は持ってるわ、詩の話はしてるわ、うっかり劇場に紛れ込んだ人みたい、だったかしら(爆)。

お芝居は、彼女が亡くなって少し日が経ったところから始まる。場所は、この家のリビングダイニングで、1階に通じる階段や、書斎のドアが見える。
*舞台用の配置にしてはあるけど、けっこう実際の家に忠実みたい(上記の本に、自宅の見取図がある)。

最初、上手のダイニングテーブルで小林隆がコーヒーを淹れてるから、あらこれは誰?と思ってたら、やって来た甥と編集者には彼が見えてなくて缶コーヒーを取り出してゴクゴク。そう、彼の役名は吹抜保(ふきぬけ・たもつ)。風通しいいんだか悪いんだか、な管理人というか、最終的には庭の蜜柑の木の精、なのね。おいおいわかっていく。
そして「気がかり」があって現れたノリコと、全く同じ時に亡くなった二人のノリコ(紀子=キコと典子=テンコ)。彼女たちは生まれ変わる時を待っている。人間に、とは限らない。虫かもしれないし、烏賊かもしれないし。
今のこの世の人である甥、編集者、友人の岸田葉子と、異界の人である4人。

評伝劇だから、ある程度、彼女の生涯を追うけれども、そこに異界の人たちが入るからね。それと時代を追っての回想?再現?場面が。
回想シーンでは、時に紀子や典子も、ノリコ=のり子となる(首に黒地、白ドットの棒タイが目印)。また、ノリコと典子・紀子は、対立したりもする。2人は戦争によって、恋人を失い、子どもを失い、必死に生きてきた。「恵まれた、主婦の」詩人と、地を這って生きてきた女。たぶん、しばしば言われたであろう「(医者の)奥様だから」みたいな言葉を、幽霊(でいいのかな)同士の会話にしちゃってるのもなかなかなアイディア。
詩を書き始める頃、櫂という同人誌を始める頃、政治の季節のやむにやまれぬ思い、エトセトラ。劇中でも詩が引用される。

男性陣3人は、甥と谷川俊太郎(と金子光晴)、編集者と川崎洋、吹抜保と三浦安生=夫、とそれぞれ役を兼ねる。その変わり方も面白いんだけど、場面転換の暗転がわりと多くて……。木野花が演じる岸田葉子(これって、岸田衿子と佐野洋子の合体)がまた重要な存在で。ノリコとの、創作にまつわる対話は圧巻だったな。
ノリコの気がかりも解決できて、ゆっくり時は流れて、蜜柑の木が見守っている……。

……とまぁ、とりとめなく書いちゃいました。

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