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2015.12.01

ポレポレ東中野に行く

11月30日(月)   「ある精肉店のはなし」14:40〜   於・ポレポレ東中野

監督/纐纈あや  プロデューサー/本橋成一  撮影/大久保千津奈  2013年

  なんか、フラフラ出歩いてますが、手持ち仕事ナシ、書の稽古日は来週(でも月曜だから、ほんとはそう余裕はない)、なので、すごーく気楽な気分なの。
で、ちょっと興味のあったこのドキュメンタリー映画が再映されるとのことで、見に行った。

ところは大阪貝塚市。ここで精肉店を営む北出さん一家が主人公。精肉店といっても、実際に牛を育て、屠畜し、そして売るのである。近くの屠畜場へ牛を牽いて行くシーンから始まる。道路を普通に連れて歩いて行くんだよ。
屠畜場で牛を倒し(眉間への一撃)、実際に解体する場面もあるけれど、不思議と、ぎゃっ!という感覚はない。カメラが淡々と追い、監督自身のナレーションもまた自然だからかもしれない。家族4人(7代目として跡を継いでいる長男とその妻、次男、彼らの姉の長女)が、手際よく解体していく。解体といっても、ここでは「枝肉」に。その場で検疫も行われてた。
  私は「枝肉」って、小さく分けたもののイメージがあったんだけど、逆だった。映画の「ロッキー」でスタローンがボカスカやってたようなの、といえばいいかしらん。

  この枝肉は、店の冷蔵庫で1週間ほど寝かせた後、いろいろに切り分けられていく。スライスとかおいしそう。ほんと無駄なく使うので、足のスジのあたりは「煮こごり」を作って売る(昔は各家庭で作ってたらしい。略して「ごり」だって)。あれ?あとお好み焼きなどに入れるとおいしいのは油かす、だっけ。内臓から石鹸などに用いる油を取ったあとの。
それだけではなくて、皮をなめして太鼓(だんじりの太鼓!)の皮まで作っちゃう。これは次男の趣味から発展した仕事。

肉屋の店舗と牛舎(?)を繋ぐ土間にある台所は、いつもにぎやか。ここに兄弟の母がすわってニコニコしてる。撮影時87歳だったかな。折にふれて出てくるこの台所の風景がとてもいい。小学生の男の子までの4世代が集っている。この男の子、小学校高学年と思うけど、最後の屠畜にはランドセル背負ったまま見学に来てるし、ここを取り壊す前にひいおばあちゃんが見に来た時は手を引いてる。仕事と住まいが一緒の大家族の中で育ったからこそ、できるんだろうな、と思った。

先代はろくに字も読めなかったという。なぜか。そのあたり一帯は被差別部落で、小学校に行ったとき教師から差別的言葉を投げつけられて、もう学校には行かなくなったのである。でも、様々に行動で子どもたちを導いていったんだろうな、というのが窺える。
長女が語る父の姿は、いつも長靴に鉢巻、ボロを着てたって、綺麗でさえあればいい、と常々言っていたそう。主に登場する兄弟は3人だけど、みんな思慮深い語り口。そして明るーい長男の妻。
兄弟は「水平社宣言」に出会い、部落解放運動と関わっていく。また、学校の保護者会活動にも熱心に取り組む(太鼓作りのきっかけはそこから)。
そんな時代を経て、息子の結婚相手の家では、「人がよければ」問題ないというスタンスで、新しい時代だなぁと思う。岸和田城での結婚式も収められてた。
あと、貧しい集落だったがゆえに熱狂したであろう盆踊りやだんんじり祭りなど、地域の様子も描かれている。

今では北出精肉店しか使うことのなくなっていた屠畜場は閉鎖され、北出家も建て替えることになる。今までのような「一貫した」商いはできなくなって、また時代も変わっていくだろうけれど、なんか、逞しく暖かい家族はそのままなんだろうな、と。

途中、みんなで焼肉食べてるシーン、すごく美味しそうだった。肉が足りなくて「向こうから持ってくるよ」と言うあたり、客席では羨ましい!という反応が。
食べ物が商品となった最終的な形しか見てないと、ありがたみや大事さなんて考えもしなくなるのかもね。

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