2015夏、ポーランド&ドイツ

2015.09.05

フランクフルトの街歩き

8月18日(水)

旅行最後の日。フランクフルト発19時過ぎの飛行機なので、かなりゆっくりできる。朝10時の開館時間に合わせて、橋を渡ってすぐのシュテーデル美術館へ。ここは前回も来たので2回め。ロケーションも、こぢんまり、ゆったり見られる雰囲気も好きなんだもん。銀行家シュテーデルさんの寄付によって作られたもので、ちょうど今年が200年の記念の年だったみたい。

そのあと川べりを歩いてレーマー広場&大聖堂に向かう。
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広場のあたりは去年に引き続き、絶賛工事中。ベルリンもそうだったけど、いつでもどこでも工事してるんじゃないの、って感じ。
ユダヤ人街記念館も工事中のようで閉館中。仕方ないので、そのそばにあるユダヤ人墓地を外から覗いた。

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↑墓地を取り巻く壁には、フランクフルトから強制収容所に送られた人たちの名を記したプレートがある(見えるかな)。およそ1万人だそうです。

広場でお昼を食べたり、のんびりしながら、またマイン川に沿って歩く。

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左端に見えてるのが船。普通に舗装された道があって、廃線のトラム線路、プラタナスの大きな並木が両側にある道(ベビーカーを押したり、犬を連れてたり)、これらがいわゆる河川敷部分なので、相当広いです。すぐに水辺なんだけど、洪水なんかは起こらないのかな。

前半はかなり頑張って動いて、終わりの2、3日は、「最低ここだけ」の所しか行かず、まぁ元気に無事に旅を終えることができました。

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2015.09.04

教会が好きになっちゃったよ

8月18日(火) ケルン大聖堂へ

フランクフルトでは去年と同じホテル。中央駅から近いし、川べりなのが気に入ってたから。大きめのホテルなので、今年は中国人の団体さんがちょっと目立ったかな(去年はアラブ系だったと思う)。着いた日のうちに、ケルンまでの切符を買って(今度は窓口にしてみた)、またしても準備だけはよかった。

フランクフルトからケルンまで、やはりICEで1時間余り。日本人の団体と同じ車両だったんだけど、ケルンでは降りなかったみたい。
*旅行前半の30℃超が嘘みたいに、この日は15℃くらい。綿コートの人やさらにそれダウンですか?な人も。私はいつものように、自分を気温にあわせてました
ケルンといえば、大聖堂しか思い浮かばないけれど、こんな駅前だったとは

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↑駅の中から見たところ。

こーんなでっかいのが、駅前に。というより、そりゃまあ、大聖堂のそばに駅を作ったんでしょうけど。こういう発想にはちょっと驚くね。


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フランクフルトから行くと、この橋を渡るとすぐに駅&大聖堂。線路のすぐ横は、普通に歩いたり自転車で渡れるようになっている。線路を挟んで両側がね。

もう、この感じが気に入っちゃって、のーんびり往復。この橋にはお約束、鍵がずらーっと取り付けられてました。どこでもそうなのねぇ。


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大聖堂は修復工事も継続中、というところのよう。さすがに人が多かった。
でも、教会の中に入ると、もちろん見学の人もいっぱいだけれど、祈りの場、というのが厳然としてある、という気がした。ちょうど12時のミサの時に居合わせて(その間は周囲の見学はできない)、パイプオルガンの響きにおおっ。
ウロチョロして、5時くらいにもまたここにいたのだけれど、今度はパイプオルガンのコンサートですか?なところで、あまり教会っぽくない現代的な曲を。それはそれでおもしろかった。いろいろと、ドイツの空気が合うような気がしますわ。

駅(大聖堂)から、駅前商店街という感じで賑やかな通りがある。人もいっぱい。
一応、博物館などをチェックしてはいたけど、まあいいか、とばかりに、ひたすら大聖堂辺りで過ごしたのでした。あ、ケルンはオーデコロンの発祥地らしく(オーデコロン=ケルンの水)、その本店には行きたかった気もする(が、きっと買わない)。


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2015.08.31

ベルリン市内を少しだけ

8月17日(月) ベルリンからフランクフルトへ

(もう8月も終わるのに、旅行記が終わらない!)

午後のルフトハンザでフランクフルトに行く前に……少しベルリン観光も。
ガイドブックがないから、真剣に地図を調べる。おかげでスイスイ。いつもガイドブック頼りで何も考えてないから迷ってるんだな、と自覚および反省。
でも、今日の目的地はいずれも地味です。

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鷗外記念館は、開館時間がとても短いの。平日10時〜14時。この建物の2階が記念館なんだけど、1階のドア横のブザーを押してから。到着が10時少し前だったからちょっとだけ待機してると、もう一組、老婦人(ドイツ人かな。日本語を話す&教師らしい)と日本人の孫?
ドアを開けてもらって2階に上がると、そこには日本人の女性が。

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森鴎外がドイツで住んだ家そのものではないけど、場所はここらしい。私たちがいる間に入ってきた人は、みな日本人観光客でした。

ここからバスで、ドイツ歴史博物館へ。といっても10分とかからないのです。フンボルト大学のほぼ隣。もうちょっと乗ってれば博物館島だけれど、今回は行きませんです。


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フンボルト大学の前では、古本市が。

歴史博物館は、もと武器庫だったそうで、確かに武器の類(甲冑とかも)が多い。でも、紀元前から現代まで、展示物もいっぱいで駆け足! 場所も行きやすい所にあるし、ちょっと羨ましい(上野は駅からも時間がかかるんだもの)

テーゲル空港までは、陽気なタクシー運転手さんの観光案内付きでした。


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2015.08.30

バッハ先生、こんにちは

8月16日(日) ライプツィヒへ

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今回はあちこち、電車で出かけております。初めてのICE。それにしても、ドイツ鉄道の切符券売機は、なかなか難しい。毎度大騒ぎ。(でも騒いでると、教えてあげると言って、アヤシイ人が近づいてきたりするらしく=フランクフルトで危機一髪、油断も隙もありゃしない)

ライプツィヒと言えばバッハ(聖トーマス教会)。それとベルリンの壁崩壊に至る、きっかけの集会がこの地のニコライ教会だった、というので、それはぜひ押さえねば。
……が、しかし(いつもこれだ)。ゆかりの音楽家はいっぱいいるんですねー。そして、観光ルートとして「音楽の散歩道」が23カ所、番号付きで設定されている。順番に辿れるように道路にマークも付けられてる。ま、これを順に見ていこうとしたのが間違いのもと 初めの方で時間をくいすぎて、肝心のバッハ(バッハ博物館)が慌ただしく、また歩きすぎて疲労困憊。その上、もちろん23コンプリートは叶わず。まったくね。

散歩道といっても、コンサートホールや楽譜を印刷していた会社、楽器博物館なども。中に入ったのは「メンデルスゾーンの家」と「シューマンの家」。メンデルスゾーンの方はなかなか近代的で、日本語の音声ガイドもあった。これが太めのペンシル形で、その先で番号のマークをなぞると音声が出てくる、というもの。

ニコライ教会は、やはり、というか町の広場の中心地に。駅からの道には、日曜だからかストリートミュージシャンもあちこちに。広場には大きなステージもあった。

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↑ニコライ教会のバッハ先生

付近にはパサージュがいくつかあったり、こぢんまりしてるけど活気があって楽しかった。

そして、聖トーマス教会に向かう通りでは、あちこちで日本食の店を見つけた。

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こういうのはつい撮ってしまう。「UMAI」という名の店で、軒下に縦長の赤い提灯がズラッとぶらさがってて「おにぎり」と書いてあったよ。

トーマス教会も中に入って見学というか、足休めというかw

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これは教会の前のバッハ先生。そしてこのバッハ像を挟んで向かいにバッハ博物館。要するにトーマス教会の中庭なんですねー。入り口は目立たないんだけど、中に入ると奥にずっと広がっている。まずチケットを買わなきゃ、と思ってる時に、突然、男性が近寄ってきて日本語で挨拶された。「……の理事長?の◯◯でございます。ごゆっくりお楽しみください」。へぇぇ。博物館はその奥にあって、ここでも日本語の音声ガイドが借りられた。でも、代表者のパスポートを渡さなきゃいけなかった。ドキッ。

ゆっくり楽しもうと思えばかなり面白いと思うんだけど、タッチパネルでの表示や、実際に視聴できる部屋、などなど。展示にも工夫がこらされている。自筆の楽譜もあった(貴重資料展示室)。


旅も半ばを過ぎ、これまでの疲れに、歩き回った疲れが加わって、この日が旅行中で最もグッタリしてたと思う。ベルリンに帰り着いて、「もうどこにも食べに行きたくない!」と、駅でサンドイッチとサラダを買ってお金を払う時に、手に持ってたガイドブックを置き忘れてしまった(らしい)。まあ、それくらいですんでよかったんだけど、もう思考能力ゼロになってた。
でも一晩で復活したあたり、まだまだ頑張れる気もするよ


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2015.08.29

8月15日だからポツダムへ

8月15日(土)

旅行の日程を組んだ時、どうせポツダムに行くなら15日に!と。だいたい、昨夏のドイツ旅行で行きそびれたところを今回は回る、という計画。私なんか、去年、ベルリンの「ポツダム広場」があのポツダム宣言の場所かと思ってたくらい、何も知らなかったのです。

朝、テレビをつけたら、ちょうどBBCで「JAPAN AND WW2」をやってたので、それを見た。時差7時間なので、式典の様子なども見られた。(天皇が字幕で「Tsugunomiya」だったのが印象に残ってる。えっ、ツグノミヤなんだっけ、と思ったので。名字がないから? 見出し部分ではエンペラー)

さてさて、ベルリン中央駅からSバーンにてポツダムへ。事前に、何本かの発車時刻と番線を調べていて、快調に出発さ。いざ、会談の行われたツェツィーリエンホフ宮殿へまっしぐら。
……だがしかし。すんなり行かないのはお約束。「地球の歩き方」に出ていたルートで、トラムに乗って、バスに乗り換え!と思ったら、そのバスがありませーーん なんで??
まあ乗り放題一日券だし、と駅まで戻って、観光案内所で尋ねたら、なんだ! そのバスは駅から出てるんじゃないのっ ルート変更で便利になったのかなぁ。


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↑入り口にはこんな写真が。
日本語の音声ガイドがあったので、それを利用。内部の写真はチケット売り場で申請すれば撮れた(別料金)のに、気づかず残念。引き返せばよかったかな……でもまあ、自分の目で見たから。
ウィルヘルム2世(ドイツ帝国皇太子)夫妻が住んだ宮殿で、妃の名前に由来する。米英ロの各巨頭が入った部屋や、会議の行われた部屋などなど。天井が高くて、落ち着くつくり。皇太子の書斎だった部屋など、そのまま蔵書が並んでいる。

庭も広いし、前方には湖が広がり遊覧船も見える。そしてその敷地の端には……ビールの醸造所とレストラン。もちろん、入りましたとも。だいたい旅行中は昼夜でしたわ。


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サン・スーシ宮殿などはすっぱり諦めて、ちょっと街歩き。ポツダムにもブランデンブルク門があるなんて知らなかったよ。去年、ベルリンのブランデンブルク門の下で雨宿りをして、今年、冗談で(ちょっと空模様が怪しくなったので)また雨宿りと笑ってたら、ほんとに雨宿りする破目になって、驚いちゃった。

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2015.08.28

ベルリンに着いた

8月14日(金)

クラクフの空港(ヨハネ・パウロ2世なんとかかんとか空港)からは、エア・ベルリンのプロペラ機で、ベルリン・テーゲル空港まで。ちょうど翼がよく見える席だったので、ぶんぶんプロペラを見ながら。

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去年、ベルリンで泊まったのは「西」だったんだけど、今年は「東」のミッテ地区。東西分断時代の双方の検問所があったチェックポイント・チャーリーのほど近く。

なぜかこんな写真しか撮ってない。
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今回は、市内見物ではなくて列車旅を目論んでいたので、中央駅に出やすい場所、ということで。


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↑ホテルの入り口
しかーし、設備がいろいろ古くて……質実剛健、ではあったけれど。

この日の夕食はなんと、「すし ベトナム アジア料理」みたいなお店で、私はフォーを食べましたです。お店を探すのが面倒になっちゃって、ここでいいや、だったの。


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2015.08.27

クラクフ街歩き

8月13日(木)、14日(金)

クラクフって、最初は単にアウシュビッツへ行くために泊まる場所、だった。ふむ? 11世紀中頃から550年間、ポーランドの首都だったとな! まさに「古都」なのか。

旧市街はコンパクトにまとまってるので、歩きやすい。アウシュビッツに行く前の朝の散歩でその北側を、翌日、ベルリン行きの飛行機に乗るために空港へ行くまでに南半分を回った。

13日には歩いて中央広場まで行ったので、翌14日はトラムでヴァヴェル城の近くまで行って、徒歩で戻ってくることに。
ヴァヴェル城は 川べりの高台に建ってる。ぐるり歩いたけれど(川べりから見上げたり)内部は見てない。ダ・ヴィンチの有名な「白貂を抱く貴婦人」が、所蔵する美術館の改修のためここ旧王宮に展示されていて、見ようかなと思ったものの、チケット売り場にかなり並んでいたので、諦めた。まあね、今回はそれは目的じゃないから(と、わりといろいろ割り切った)。

↓ヴァヴェル城(ヴァヴェル大聖堂、旧王宮)


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2015.08.26

ビルケナウ(線路の果て)

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線路は、前に載せた画像とは逆方向、入り口(死の門)の方を撮ったもの。
こんな貨車に乗せられてたなんて。

線路のそばの草むらには、ほぼ日本と同じ雑草の類が生えていた。アザミやオオバコなど、見慣れたものばかり。そしてモンシロチョウも飛んでいた。そんな当たり前のような風景の向こうに、75年ほど前にここに連れてこられたたくさんの人々の存在を感じた。

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写真(アウシュビッツ)

写真・追加

前エントリーになぜか入れられなかったので(合計容量オーバーかも)、別掲。

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2015.08.25

クラクフからアウシュビッツへ

8月13日(木)

前夜、遅くにクラクフの空港に着いて、タクシーでクラクフ本駅そばのホテルに。

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こんな電車が走ってるけど、乗ってはないの。でも、旧市街までもすぐだからとても便利でした。

アウシュビッツへは、日本から英語のガイドツアーに申し込んでた。この時期、ガイド付きでのみ見学可能なんだって。日本人ガイドは一人しかいない(中谷剛氏)ので、最初から諦めてた。このツアーは各ホテルを回って客をピックアップしつつ現地に向かってくれる。10時45分にホテルで待機、ということで、それまで駅周辺や旧市街を探検。
そしたら、駅(大きなショッピングモールになってる)で、早速「ジャパニーズ?」とおじいさんに声をかけられる。手には何やらチケットを持ってて、アウシュビッツに行くのか?ということらしい。ムニャムニャ(もう決まってる)と答えたら「ナカタニ?」 へぇぇ。

ところでこの日は30℃を軽く超える暑さで、バスの中はよかったけど、アウシュビッツ(とビルケナウ)は大汗をかきましたわ。この夜、寝ようとしたら両足が攣って七転八倒したんだけど、熱中症っぽかったのかしら。早くも一日で日焼け。

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