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2016.09.30

9月29日に見た録画

9月29日(木)

NHKプレミアムカフェ (プレミアム・アーカイブス)「ルーアンの丘から 遠藤周作・フランスの青春」

これは先週、9月23日の朝、プレミアムカフェで放映された。2006年のハイビジョン特集。たまたまテレビがついてて、それがBSプレミアムだった、というだけで何気なく見始めたんだけど、結局、最後まで動けなかった。そしてその日の深夜、再放送をこれ幸いと録画して、また見ている、というわけ。
29日は遠藤周作の命日。ちょうど20年前に亡くなったのでした。まぁ、だから、このタイミングでの再放送でしょうが。

そもそも、まずこの番組に惹かれたのはタンジュン 長塚圭史の出演だったから。遠藤が1950年に民間初の留学生(フランスのカトリック教会が招聘した4人のうちの1人)として船で渡仏した時からの日記を、長塚さんが足跡をたどりつつ朗読する。ゆかりの人に会ったりしながら。

さらにこれまた偶然の産物ながら、6月に聖心女子大で行われた震災復興チャリティーの講演会「悲しみの神学 近代日本キリスト教感情史」(若松英輔)を聞いていたから。友人に誘われて、おお!初めての聖心女子大、とミーハー気分で出かけてた。で、その時のお話が、遠藤周作や、一緒に渡仏した井上洋治神父に関わるものだった。うわー、こんなところで繋がったよ、というところ。

*若松英輔氏は、最初、茨木のり子に関する講座を朝カルかどこかで開いてらっしゃるのを知り、友人に教えた。そしたら彼女が乗り気になって、それ以来、テーマが茨木のり子を離れても、また場所が変わってもあれこれ勉強しているらしい。若松さんて、ほんと多方面にアンテナを張ってらっしゃる方。
元三田文学編集長で、先週は井筒俊彦関連の講演会があったらしい。←一応誘われた。


遠藤たちカトリックの留学生は、フランスに渡る船の中から、敗戦国の現実を否応なく突きつけられる。フィリピンやシンガポールなどの寄港地では、上陸することも許されなかったという。レイテ湾の水底に沈む、彼と同世代の若者のことを思いながら、激しい言葉が綴られる。……「逆鱗」を思い浮かべる。

フランスに着いて、大学に入る前にルーアンの丘の上のロビンヌ家に寄寓した。敬虔なカトリック教徒(建築家)の家庭で11人の子供がいる家。長塚さんはその子供たち(とうぜん白髪の老人)3人と、歓談。今も「周ちゃん」と遠藤のことを言ってた。
ロビンヌ夫人はほんとに素晴らしい人だったのねー。マナーにも厳しかったんだって。そうか、遠藤周作って、ほとんど母子家庭(兄1人)で母も働いていたから、ここで「家族」に出会ったのか。
(元軍人のロビンヌ家では、遠藤周作の後にはドイツ人を受け入れたそう)

2ヶ月余りそこにお世話になってから、リヨン大学に入り、学生寮で暮らす。その後、肺を病んで53年にやむなく帰国するまで。
戦争の記憶が生々しく残る頃にフランスで暮らすことの厳しさもあっただろう。その生活の中から、だんだんカトリック文学の研究家ではなくて実作者への道を歩んで行った。

遠藤周作って、いわゆるユーモア文学のイメージが強くって……。若松さんの講演で少し興味を持ち始めてたんだけど、「沈黙」は読んでません ちょうど映画も公開されるんだっけ。読まないとねー。

それらはともかく、映像の中の10年前のルーアンやリヨンが美しくて(あ、サン・ラザール駅も)、パリもちょっと誘われちゃうよ。えへへ。

ところで、いわゆるリポーターは長塚さんだけど、ナレーションが純名りさ(今は、里沙らしい)。すごく良かった! やっぱりナレーションは重要だ。

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