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2016.11.15

昔話でも怪談でもない、遠野物語

11月14日(月) 「遠野物語 奇ッ怪 其ノ参」 19:00〜 於・世田谷パブリックシアター

原作/柳田国男 脚本・演出/前川知大 出演/仲村トオル、瀬戸康史、山内圭哉、池谷のぶえ、安井順平、浜田信也、安藤輪子、石山蓮華、銀粉蝶

「今は昔、あるいは未来ーーある架空の国を舞台に語る『遠野物語』」
こんな書き出しで始まる、チラシのリード。そしてそんな言葉を、まず舞台の上手に登場した山内圭哉が、前説のように語り始める。とりとめのないお喋り?と思わせたりして。たとえば標準語だの大阪弁だのの話とかね。彼のキャラクターならでは。

中央にはちょうどボクシングか何かのリングのように、二方をロープで仕切られて一段高くなった空間があって、そこが取調室になったり、民家の部屋になったり。その場面転換や人の入れ替わり(たちまち別の役になったり)が鮮やか。その空間とバックの色が変わるのが装置の全て、という感じかしら。

まず、警官の制服を着た男が立っているから、ここが取調室とわかる。座っているのは、どうやら「柳田さん」(仲村トオル)。国の「標準化政策」に違反した出版物を出したかどで、事情を聞かれるらしい。その判断のために「井上先生」(山内圭哉)が呼ばれたんだって。ムゥ、フルネームは言わずとも、柳田国男&井上円了でしょうか、こんな話なんだし、と。

出版の経緯を話しているうちに、そこが柳田の家になったり、あるいは遠野出身の佐々木くん((瀬戸康史)が語った、遠野の話の舞台になったり。山内さんだって、ずっと井上でいるわけではなくて、「遠野物語」の世界の中では、娘が神隠しにあった父親とか、いろいろ演じてる。
意外と、と言っていいのかどうかだけど、山内さんがわりと真面目な役で、仲村さんの方が天然っぽい役かなぁ。

それぞれのシーンの切り替わりがほんと鮮やか。そして、語る人としての瀬戸康史の純朴なイメージが、すごく合ってたな。彼なら、物語の世界から戻って来られなくなった、というのが納得できるもん。

未来の話かもしれない、というのは、「自由に表現できなくなる」「幻想の物語を排除する」という舞台上の「今」があるから。それを見すえつつ、我々がすっかり失ったような、大きな自然的な存在への畏怖心などが蘇ってくるような。

イメージがふくらんでいく、とても興味深い舞台だった。まあ、けっこうこの手の話が好きだから、というのもあるかな。でも、私はもっとわかりにくくてもいいな、とも思った。なんていうのかな、想像力を信頼してほしい、みたいな。

それはともかく。東日本大震災の翌年の夏、遠野を訪ねたのを、今更ながら思い出した。

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コメント

瀬戸康史、山内圭哉、池谷のぶえと、とても惹かれるキャストなのに、いつでも取れそうと思って他を優先して決め、ついつい後回しにした結果、案の定見送ることになりそうです。とりあえず感想を伺って、なるほどと思って、おかげさまで満足できそうです <(_ _*)>

投稿: 猫並 | 2016.11.17 10:17

猫並さま
わかりますー。激戦必至というのならともかく、つい後回しになった挙句、ですよね。あるある。
私の感想はアテにはならないんですけれども……仲村トオルと瀬戸康史というカラーの違う役者と、脇を固める個性派がうまく噛み合ってた気がします。

投稿: きびだんご | 2016.11.17 22:12

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