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2017.01.19

沢瀉屋から高島屋へ:襲名披露

1月18日(水) 「壽 新春大歌舞伎」夜の部 16:30〜 於・新橋演舞場

(市川右近改め三代目市川右團次 襲名披露 二代目市川右近初舞台)
「源平布引滝 義賢最期」海老蔵(義賢)、猿弥(矢走兵内)、笑三郎(小万)、米吉(待宵姫)、市蔵(九郎助)、右之助(葵御前)、中車(折平)
「口上」
「錣引」右團次(悪七兵衛景清)、友右衛門(重衡)、米吉(伏屋姫)、梅玉(三保谷四郎)ほか
「黒塚」猿之助、門之助(山伏大和坊)、猿弥(強力太郎吾)、中車(山伏讃岐坊)、右團次(阿闍梨祐慶)

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今月は歌舞伎座の演目にあんまりそそられなくて、演舞場が面白いかな、という感じでチケットを取ってた。右團次襲名にはそれほど興味はなかった……今までも、沢瀉屋はあまり見て来てないし。
前回の猿之助「黒塚」の印象がとても強かったから、夜の部は3階Aで、昼はB。そしたら、昼の部は行けなくなって、友人のお母さんに買ってもらった。右近ちゃんに大感激したそうで、まずはよかった。夜の部、その右近は口上のみ。いやー、しっかりしてるわね。

「義賢最期」を海老蔵で見るのは初めてと思う。橋之助(当時)とか、愛之助では何度か見てる。
初めて「実盛物語」を見た時、全然ワケわかんなくて、前段に当たる「義賢最期」で、色々ふむむ〜、だったなぁ。この旗か! 小万の腕〜‼︎などなど。今でも毎回そう思っちゃう。

口上を仕切るのは梅玉さんなのねー。そこから上手側に向かって、猿之助、男女蔵、右之助、海老蔵(襲名グッズのPRとか六本木歌舞伎のPRとかも)。下手から猿弥(あれ?門之助?)、中車、右近、右團次。国宝など重鎮がいないけど(だからこそ)、変にかしこまらず、砕けすぎもせず、程よく良い感じに思えた。右團次って、右之助さんのお祖父さんが名乗ってたのか。「ご令孫」ね。最後に梅玉さんが「市川姓の面々」という言い方をしていて、なーるほどだったわー。

夜の部の襲名披露狂言は「錣引」。これも、「黒塚」の阿闍梨も、新・右團次いいんじゃない?と素直に思えた。今まで、ザ・沢瀉屋チームだと、なんとなく足が向かなかったりしたのを、ちょっと反省。というか、月乃助、春猿は新派に行って別の名前になったし、変わっていくのよね。

「黒塚」は猿之助の演じる中では一番好きかも。5年前に團十郎が阿闍梨を演じた時、当時の右近が讃岐坊だったのねぇ。そして今、中車が讃岐坊。この5年の変化はすさまじい。中車ってば「昨日今日のヒト」なのに、全然違和感ないよ。才能プラス、どんだけ努力してるのかしら。

昼の部も見たいけれど、時間的に無理だなー。

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コメント

私の席の周りはいつになく男性率が高かったのですが、後ろの列のオジイサン二人が義賢最期について「コレの後がさ、ほれ熊谷陣屋じゃなくて熊谷陣屋じゃなくて熊谷陣屋じゃなくて…ほれ」とか「来月、海老蔵は菊五郎の娘とやるんだよ、ほらフジシマ…フジシマ…フジジュンコの…」とか話してて、気持ちはわかるし思考の流れも理解できるし、何より明日の我が身として身近に感じられ、諦めるな!思い出せ!と心の中で声援を送りましたです(爆)
昼、残念でしたねー、右近ちゃんがいきなりすごいんですよ、早変わりで。セリフもいっぱいあって大活躍してて、私も大感激しましたよ

投稿: 猫並 | 2017.01.20 07:13

猫並さま
後ろのおじいさんたちの会話 わかるわかる。まず固有名詞が出てこなくなるんですよね。全く明日は我が身、というより、すでに我が身。
私は宙乗り小屋から右へ二つ目の席。家を出る前にフッと、ミカン持って行こうかな、匂うか、と諦めてたのですが、右隣のオバサマ2人組が、ミカン持参でした。やっぱり持っていけばよかった。
左隣の人は口上が終わるとお帰りになったので、海老ファンかしらん。
ところで都合が悪くて行けなかった昼の部、実は「豚小屋」チケを持ってるのを忘れて買ってたんです。ところが 猛急の仕事が入って身動き取れず、もぉぉぉダメじゃん 結局この日(11日)は観劇してはいけない日だったのです。

投稿: きびだんご | 2017.01.20 08:42

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