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2018.08.10

ヒロシマ・ガールズ

8月10日(金) 「その頰、熱線に焼かれ」14:00〜 於・東京芸術劇場シアターウエスト

(On7 リバイバル公演)
作/古川健 演出/日澤雄介 企画・製作/On7. 出演/安藤瞳(智子)、尾身美詞(敏子)、渋谷はるか(弘子)、吉田久美(昭代)、小暮智美(信江)、下地沙知(美代子)、保 亜美(節子)

女優7人のユニットOn7(オンナナ)に劇団チョコレートケーキの古川さんが書き下ろし、同じくチョコレートケーキの日澤さんが演出。3年前(ということは戦後70年の年だわね)に上演されて、今回は「リバイバル公演」と銘打たれている。

お芝居の最初と最後に、いわゆる原爆乙女がアメリカに治療に行く時と帰国した時の挨拶が(尾身美詞さん)。
それ以外の舞台は、1956年、NYのマウント・サイナイ病院(の面会室らしき場所)。浴衣姿の智子の語りから始まるのだけれど、この智子は、簡単な手術のはずが麻酔の失敗?(原因不明)で死んでしまったことがわかる。まさにその直後。ここから智子は折々に現れて、他の人の回想や今の思いにうまくつなげていく。

広島で被爆してひどいケロイドが残った女性たちから、選ばれて25人がアメリカに渡った。ホームステイをし、何度もの手術に耐えてきた。敏子は明日、手術なのだけれど、智子の事故でとても不安になっている。話を聞いて、今はステイ先にいる3人も駆けつけてきた。

それぞれの口から語られるのは、「原爆乙女」と一括りになどできない、それぞれの人生。つらいだけでは勿論なくて、結婚する予定の人もいるし、そうでなくても希望を語る人も。が、今生きていることに罪悪感を持ちもする。
さらに当時でさえ(当時だからこそ今よりももっと)彼女たちが生きにくい「日本」があった。「原爆乙女」なんて呼ばれたくない、いつまでも原爆を背負っていくのか、と。だから、むしろ「ヒロシマ・ガール」と呼ばれたい、と。

アメリカでの手術からも60年以上が過ぎた今、「原爆乙女」という言葉さえ忘れられようとしている。当事者から、いろんな形で受け継いでいく、その一つがこういう舞台なんだと思う。

全12ページのパンフレットには、ここで描かれたモデルのお一人のメッセージや、女優たちとの交流の記録、年表なども載せられている。
公演はプレビューの東京・亀戸から、北海道を経て、ここ東京へ、最後は広島アステールプラザで8月15、16日に上演とのこと。アステールプラザって、平和記念公園のほど近くなんだよね。

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