2018チェコ・ドイツ旅

2018.09.11

ドイツ列車旅3:マインツ

8月24日(金)

19時40分フランクフルト発の便で帰るので、17時頃までは遊べるかな、と。
ちょうどシュテーデル美術館などがある「博物館通り」のお祭りが、この日から始まったので、少し見たかったのだけれど、それはかなわず(前日、マイン川の両側で、大規模な設営がしてあるのだけ見た)。まあ、鉄道パスを使いましょう、とマインツへ。
マインツ大聖堂も、とても古いものらしい。

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前日まで、ほぼどこでも30度くらいで日差しも強かったのに、この日は20度。突然、寒くなって、キャー日本に帰ったら暑そうだな、でした。
しかも傘はスーツケースにしまっちゃったのに、マインツに着いたら雨! 結構降ってたから、広場の角の店で折畳み傘を買っちゃった。日本と同様、店頭に出してあって、レジに並んでる人は私を含めて3人くらいは傘を買ってたわね。お値段.8.99ユーロってのも、いかにも、でしょ。


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マインツはグーテンベルクの生まれた町、ということで、グーテンベルク博物館へ。どうやら没後550年の記念の年だったらしいけど、それは全く偶然。そして、博物館はとっても充実していた! こことアーヘン大聖堂の宝物館が同じ5ユーロだなんて、今回の旅で一番信じられないことだったなぁ。
古い印刷機械のあれこれや、印刷物などが、これでもか、というくらい。そして、中国、韓国、日本、エジプトなどの部屋(活字の実物とか)などなど。

えー、博物館を出たら、案の定、雨は上がっておりましたですよ。

前日に訪ねたアーヘン大聖堂が金ピカって感じだったのと対照的に、マインツ大聖堂は落ち着いたたたずまい。

ほんとうは、もう少し足を伸ばして、ライン川を眺めたりしたかったけど(シャガールのステンドグラスのある教会も)、それは諦めたのでした。

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2018.09.04

ドイツ列車旅2:アーヘン

8月23日(木)

今回はなんとなく古い町巡り、みたいになっちゃって、アーヘンへ。カール大帝が建設を始めたという大聖堂は、ドイツの世界遺産第1号ですって。

例によってDBNaviで調べたら、フランクフルト中央駅から特急でケルン・メッセ駅まで行き、そこで乗り換える、と出てきた。えっ? あのケルン大聖堂のすぐそばの中央駅じゃなくて、そんな駅があったのか。

ケルンは人気ありそうだし、1時間ほどの乗車だけど、指定券を買っておいた。券売機で指定券だけでも買えるようになりましたぁ

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↑ケルン・メッセ駅のホームから大聖堂を望む。

この日はメッセでゲーム関係のイベントがあって、若い人たちがいっぱい到着してた。(何があるんだ、と調べた)。コスプレの人もいた。


さて、アーヘン。中央駅の周囲は、なんとなく日本の地方都市と同じような感じで、まったりイメージ。……などと、ぶらぶら歩きながら大聖堂を目指す。



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内部は八角形の礼拝堂など、わりと金ピカかなー。権力者は金が好きね、などと

↓礼拝堂の天井部分

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そうだ、宝物館にも行ったけど、ここはちょっと期待はずれ。5ユーロは高かったぞ。


この日はフランクフルトのシュテーデル美術館の夜間開館に行くつもりだったので、わりと早めに撤収。でも、駅前でのんびりビール!の時間はあったわー。

帰りはアーヘンからフランクフルトまで直通の特急で。毎日のように電車は遅れたけど、この帰りが一番危なかった。徐々に遅れ時間が拡大するだけでなく、直前にホームが変わったんだもん。こわいよぉ。ってか、今回、一番、ありがとうDBNavi、でした。


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2018.09.03

ドイツ列車旅1:マルクスの生誕地トリーア

8月22日(水)

今回のドイツの目的地その1が、トリーアだった。なので、まず行っちゃえ、と(何かの都合で22日に行けなくなっても23日があるから)。
ガイドブックだと、マインツを通ってコブレンツ からトリーアに行く、と出てるのに、頼みのDBNaviは、南回りしか出してくれない。なんでー?と、別々にフランクフルト→コブレンツ 、コブレンツ →トリーアを検索したら、やはりけっこう時間がかかるんで、諦めて、ザールブリュッケン経由で。
これって、マンハイムまではICE=特急で、そこから快速で一気にトリーアまで、というルート。

だがしかし。当日、フランクフルト中央駅に着いた時点で、特急が遅れてるから乗り継げないよ!とNaviに教えられる。ありゃりゃ。まあとにかく特急でマンハイムまで行って、1本遅い快速(ちょうど1時間後)に乗ることにして、出発。
なので、予定してなかったマンハイム散策も少しだけ出来た。そして、帰りは遅くなってもやっぱり北回りルートで、モーゼル川沿いを行くことにして、一応、何時までトリーアにいられるか調べておいた。

(朝早くから行動できないので、9時50分フランクフルト中央駅発、トリーア着は予定より1時間遅れの14時27分)

3時間半くらいしかいられないので、とにかく優先順位をつけて、効率的に回れるルートも考えて……。

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↑旧市街入口「ポルタ・ニグラ」(ローマ時代)

商店街や広場を通って、本日の目的地カール・マルクスの生家へ。何しろ生誕200年の年ですし。チケット売り場で、中国人?と聞かれたんだけど、中国人だったら安くなったんだろうか。写真説明や、本などが展示されてたけど、読めないからなー。「実物」は、最期の時に座ってたという椅子くらいかな。……って、そもそもそんなに関心がない私。


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むしろ、こんなオブジェに惹かれる。

中庭がわりと広くて、花壇や、けっこう大きなマルクス像もあった。高校生くらいの団体もいたわね。

実は私の「目当て」は、トリーアにあるマルクスの信号機だったの。


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この生家のほど近くの交差点にて、ぶじ発見。よかった!

あとは大聖堂&教会を見てたら、お時間となりましたです。ローマ時代の遺跡が他にもあるんだけど、それよりマルクスになってしまった。

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2018.08.31

プラハの思い出4:駅ピアノ

NHKのBSを見てると、たまに「駅ピアノ」という15分番組をやってることがある。放送スケジュールも何も知らないんだけども。以前、アムステルダムの時には、イスラエルから旅行中の青年がとても上手に弾いてた。帰国したら兵役につく、という言葉が印象的だったなぁ(劇団チョコレートケーキの「あの記憶の記録」を思い出した)。

旅行に出る直前に、たまたまプラハ・マサリク駅の駅ピアノを放送していた。留学中のプロ級の子もいたけど、ロマの青年や、独学で、という人たちが良かった。案外、独学の人が多いのが意外。

20日、テレジーンから帰った後、マサリク駅に行くつもりはなかったのに、道を間違えて到達。そういえば12年前にも、フラフラここに来てしまったのだった(そして大声での口論というか、文句言いあってる?というところに出くわして退散)。

ちょうど駅の正面ではなく、落書きだらけの壁沿いに歩いたので、前回の記憶もあって入りにくかったけど、でも!と行ってみた。マサリク駅は国内の列車が発着するところ。

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テレビ映像とは違って、もう誰も弾いてません、って感じ。そもそも椅子がないし、蓋の上に錠が置いてあった。

ここからメインのプラハ本駅が近いので、そっちにも行ってみた。流石に大きな駅で周囲も明るく、スーツケースを転がす人たちもいっぱい。
やはり駅ピアノがあった。


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ちなみに翌日、プラハの空港に行ったら、ここにもあったんだけど、写真は撮ってない。

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2018.08.30

プラハの思い出3:テレジーン強制収容所

8月20日(月)

テレジーンはプラハの北方、バスで1時間ほどの小さな町、とガイドブックにある。日本で現地ツアーを予約していて、支払い済み。英語ツアーだからそんなに高くはない。旧市街広場に集合(9時15分発)。

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↑集合場所は市民会館の向かい。15時には解散だから市民会館に行こう、それか夕食をここの地下で……なんて思ってたのに、全く実現せず。街なかをフラフラしてしまった。

マイクロバスに乗って、総勢10人くらいだったかな。バスの中でもガイドの女性がいろいろ喋るんだけど、恐ろしいほど聞き取れず。どうしたものかと思ったけど、強制収容所を案内してくれるガイドさんは、ゆっくり明瞭に喋ってくれた。

ところで、なぜテレジーンへ、かというと、きっかけはこの本。

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子供向け、なんだけど、ここにいた子供たちが描いた絵のことが本になっている。
そもそも、収容所として建てられたわけではなくて、もともとはプロイセンに対抗するボヘミアの要塞。テレジーンの名がマリア・テレジアにちなんでいるとは知らなんだ。
また刑務所としても使われていたので、サラエボ事件で皇太子を撃った犯人がここに収監されていたんですと!

チェコのゲットーから連れてこられた人たちは、まずここに入れられ、そのあとアウシュビッツなどに送られたらしい。そういう意味では中継点といった趣。もちろんここで亡くなった人も多数だったでしょうが。


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駐車場から歩いて行くと、まず墓地が見えてくる。墓石に何も書かれてないものも。

公開されているのは小要塞の方で、川を挟んで大要塞が。
その先にゲットー資料館があって、本に書かれていた子供たちの絵や、当時の生活用品などが展示されていた。

この日はじりじり暑くて、3年前のアウシュビッツも暑かったなぁ、と思い出してた。でもショック度合いが小さいのは、「物」として残されているものの違いかも。


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2018.08.29

プラハの思い出2:修道院、教会

いやー、それにしてもプラハは日にちが足りなかった。18日の夜着いて、まるまる2日観光ののち、21日の午後2時15分発のルフトハンザでフランクフルトへ、だもの。しかも、郊外のテレジンに行ったりもしたから。あと1日欲しかった。

なので市内観光では、12年前だったかにしっかり見た(はずの)プラハ城近辺などはさくっと。でもまあ、19日はまずカレル橋を渡りましたです。目指すは

☆ストラホフ修道院
ケーブルカーで小高い丘に登って(けっこう並んだ)、展望台へ。右は聖ヴァヴジネツ教会で行ってない。

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↑左が展望台。ここ、階段をぐるぐる上がって行くので、翌日、足に来ました。が、見晴らしは最高!


そこから修道院を目指して行った。ビール休憩などしながらね。


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↑ストラホフ修道院の「神学の間」

ここ、非常に美しい図書館で有名。神学の間と、哲学の間がある。写真では中に人が入って見てるんだけど、我々は入口から覗くのみ てっきり人数制限で、次は見られるもの、とロープの前にいたら、「予約が必要」ですと。ツアー客向けか何かかしら。

図書館以外の、「博物館」的な部屋は、クラシックな棚も含めて、どうぞどうぞ見てちょうだい、なんだけどね。仏像やら、魚介の標本やら、本やら、雑多な博物学の部屋、というところ。

ここからプラハ城へ回った。後は、あちこちのシナゴーグを見ながら、ホテルへ。

☆聖ミクラーシュ教会でコンサートを聴く(20日)
テレジーンの強制収容所へ行く現地ツアーが、午後3時ごろに解散となったので、後は旧市街地周辺をぶらぶら。ほんとは共産主義博物館とか、市民会館(ミュシャの絵)とか、行きたかったけど、方向を見失ったりしつつ街歩き。

ちょうど7時ごろに旧市街広場に戻ったら、聖ミクラーシュ教会の前でコンサートの案内看板を発見。夜8時からだからちょうどいい! 人形劇を見るか教会コンサートを聞くか、どちらかをしたかったのよね。


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ほぼ毎日のようにコンサートはあるらしいけど、さすが観光地、けっこうぎっしり。約1時間。
終わって外に出たら、広場の反対側、ディーン教会が美しくライトアップされてた。


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☆聖アネシュカ修道院(21日)
ホテルのほど近く。ユダヤ人地区を抜けた辺り。もうプラハを発つ日なので、午前中は近くを散歩したというわけ。
ここは国立美術館中世部門になっていて、数々の絵画や彫刻が展示されていた。木の母子像はちょうど手の先が取れてて、作り方(ジョイント跡)も目に見える。
今回、プラハで他に行った博物館はチェコ音楽博物館で、どちらもとてもマイナースメタナ博物館、ムハ美術館はまたもや見送りであった(国立博物館は改装中)。


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2018.08.28

プラハの思い出1:ヴルタヴァ川

8月18日(土)

成田空港10時40分発、ヘルシンキ乗り継ぎで、プラハ18時45分着(つまり日本だと25時45分)。おつかれさまー。
空港からタクシーに乗ってホテルに着き、ほっと一息ついたら晩ご飯のために外に出た。20時くらいじゃまだまだ明るいよ。

川べりをぶらぶら歩いて、パリ通り&脇道。うーん、これというお店が見つからない。結局、ピルスナー・ウルケルの看板に惹かれて、テラス席に(後でこの店が「地球の歩き方」に載ってるのを発見)。プラハで1杯めのビール。やっぱり安い。
ビールとサラダで軽い夕食を取ったら、さすがに日暮れ。

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ホテルからヴルタヴァ川までは1、2分かな。遊覧船(ディナー付き)の乗り場もある。

8月19日(日)

朝はまた川べりをカレル橋の方に向かって行く。今日は街なかの観光。

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2018.08.27

ホテルのこと

プラハとフランクフルトに各3泊した今回の旅。荷物を持って毎日移動できるなら、鉄道パスもフルに使えるでしょうが、老体には無理な話で、一つところを拠点にそこからあちこちという、いつものパターン。

今回はプラハもフランクフルトも、ともにインターコンチネンタル・ホテル。夫がチェックインの時に名前なんかを書きたくない、という理由で、会員になってるので。

プラハのインターコンチは、ヴルタヴァ川の近くで、窓からは川が見下ろせる絶好のロケーション。それだけでも気分が上がるわー。旧市街地へも歩いて10分くらいかなぁ。その旧市街から伸びる「パリ通り」の突き当たり、という感じ。この通りはブランド通りで、道の両側にエルメスやらなんやらかんやら(笑)集まっている。

いっぽうフランクフルトはマイン川べりなんだけど、今回はガーーン、川じゃなくて街なかを向いてる部屋。なんだよぉ、とちょっとがっかり。

同じホテルチェーンでも、観光地と金融の街の違い、そして移民の多いドイツということで、かなり雰囲気は違ってた。それもまた面白いなぁ、と思いつつ。

どちらも観光地巡りの行き帰りに川べりを歩いたりして、ゆったりのどかな気分になったのでした。

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2018.08.26

ドイツで鉄道旅

8月22日〜24日

今回のドイツの目的地は、ドイツ最古の街トリーア(マルクスの生まれた街でもある)と、カール大帝が気に入っていたというアーヘン。どちらも、フランクフルトからだと鉄道にけっこう乗らなきゃ……なので、今回もジャーマンレールパスのお世話になった。2日間用がないので連続3日間のパスを購入。まあ、いちいちチケットを買う手間が省けるのが第一。それと特急の切符は、買う時期によって値段が違う(直前は高い)とかなんとか、釈然としないことだし(笑)。元は取れてないと思うけど、計算もしていない。

そして旅の強い味方は、DB naviというアプリ。出発地と目的地を入れると、細かい情報を教えてくれる。◯分遅れだから乗り継ぎできない、とか、突然プラットホーム変更!とか。これ、今回どちらも経験したことで、アプリ見てなかったら大変なことになってたと思う。アナウンスなんか当然わかんないもん。

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↑今回のルート

22日(行き・青)フランクフルト→(マンハイム)→ザールブリュッケン→トリーア
(帰り・黄)トリーア→コプレンツ→フランクフルト
23日(赤)フランクフルト→(ケルン・メッセ)→アーヘン。帰りはアーヘン→フランクフルト直通
24日(黒)マインツまで往復。そして最後にフランクフルト中央駅から空港駅まで10分乗車。

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2018.08.21

プラハ!

8月21日(火)

土曜日の朝、成田空港を出発して、ヘルシンキ経由でプラハへ。

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↑カレル橋からプラハ城へ向かう


いわゆるプラハっぽい風景も撮りましたが、昨日、テレジーンの強制収容所に行って、その後、50年前のこの日にプラハの春弾圧が始まったということでヴァーツラフ広場へ。帰ってからまたご報告(予定)。

もう少しプラハにゆっくりしたかったけど、今日は午後早い便でフランクフルトへ。ドイツはまたも列車乗り旅になるかなー。

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